透明ということは、何色にも染まれるということ。
周りに流されず、自分で自由に「染まる色」を決められたら確かに美しい。
……ですが、おそらくこの人の言う「今の君」は、そうではないのでしょうね。
自分で「色」をつけて、自分で描く物語の主役になるというのは、中々できないことですが、そうありたいと思う生き方でもあります。
自分の「色」が溶けてしまう前に、そういう生き方ができたら……と、読んでいて思いました。
作者からの返信
いつも読んでいただきありがとうございます。
他の誰かと関わって生きていくのが人間なので、そういった環境で「色」を決めて、もしくは見つけて生活していくことは難しいですね。
その一歩を踏み出すことが幸せに繋がるかどうかは人それぞれ…………それでもやはり、どうしても「君」には自分らしく鮮やかな色を持って生きてほしかったのかもしれません。
読んでいただいた方にとって改めて「生き方」について考えるきっかけになれば、と思って書いていたので、少しでもそう思っていただけたのなら嬉しいです。
「自分が描く物語の主役は自分」であるのに、周囲に同調して安心している人が多くて、時として生きるために自分もそうしているんだと気付かされたような思いがしました。染まることの哀しさと嬉しさ……読み方を変えると両方、見えてくるようです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
同調心理というのは思いの外人間の心の大部分を占めているもので、自然とそれに従うことが安心に繋がってしまいがちですよね。
透明色に染まっていること、もしくは自分の色を持っていること、どちらが幸せなのかは人それぞれだし、きっとこれと言った正解も無いんだろうなと思います。