カイライダウトフル

「拝啓、糸が切れたことにすら気付かない、私の傀儡師かいらいしへ。」


煌めく鋏を片手に、ぽつり、ぽつりと口にするのです。


。*.。*.。*


「さあ、始まるよ」


身をふわふわのドレスに包み、は、何の疑いもせずステージに飛び出した。慣れた手つきのカーテシー。指先まで乱れないダンス。拍手の雨。満足げなあるじ。全てがいつも通り。


だけど、ある日のこと。

随分と動き易そうな格好をして、知らない幼い少年が、私に人差し指を向けて言った。


「ねえ、この子、なんかおかしいよ」


何がおかしいかは解らなかったけれど、確かにそう聞こえた。


_______教えてよ。何がおかしいの。

何が変なの?何が貴方と違うの?


声に出そうとしても、応えては、答えてはくれなかった。


。*.。*.。*


ある晩のこと、主が寝静まった時を見計らって、私は主の部屋を抜け出した。


私が何なのかを知りたかった。私が誰なのかを知りたかった。

恐る恐る、いつもあの人が睨めっこしている鏡へ向き合ってみる。


________その違いは、決定的だった。


先日の少年とは違って随分と動き難いドレス。境目のある関節。___________手足に絡まる糸。


「何、これ」


こんな糸など、今まで見たことは無かった。なのに、なのにどうして。

動揺で手が震え________ない。動かない。力が入らない。


私が床に崩れ落ちた音に気付いたのか、背後からドアノブに手をかける音が聞こえて、

「………………あら」

という聞き慣れた声がした。


振り向けない。


「貴女は、良い子にして、可愛い服を着て、お辞儀していれば良かったのに」


言い返せない。

_________話したことがない?


「貴女は、可愛い可愛い……………お人形なんだから」


抗えない。抗ったことがない。


もしかして_________私がいつも同じ動きをしているのは、いつもドレスを着ているのは、おかしいと指を差されるのは、全部全部______私が人形だから?貴女が動かしていたから?


「……………嫌だ」


伝わる訳がない声。


「嫌だ!」


振り払えない糸。動く訳がない手足。


「嫌だ嫌だ!離してよ!」


ぷつりと音を立てて溢れ出すような疑念。

そう、これは、この感覚は____________『疑い』。


初めて触れる感情と、目の前の人間に動かされることへの嫌悪感。こんなにも心が動いたのは初めてなのに、体は反比例するように止まっている。


やがてこの硬い全身を片手で掴まれた私は、衣装が入ったトランクへと乱雑に放り込まれた。


。*.。*.。*


ああ、私の傀儡師_________いえ、元傀儡師は、なんて間抜けなんでしょう。人形なんて、人の目さえなければ幾らでも動けるというのに。


裁縫のためか、トランクには鋏やら針やらも詰め込まれていた。

随分と長く感じた年月を経て私が見つけた、小さくて大きな抜け道。


主、だなんて大層な名前はもう要らない。

あの女が付けた糸に気付かなかった私も馬鹿馬鹿しい。


もう、私は貴女の人形じゃないのよ。




さあ、いち、にの________さん!


_______ザクッ、という、金属が触れ合う音、繊維が千切れる音。




______やったんだ。私は。



このドレスを、この糸を捨てたんだ。



私を作ったのは貴女?______そんな事はどうでも良いわ。

私の主は貴女?______そうね、私の大嫌いな元主。

貴女は私が好き?______の間違いでしょ。


もう、私は貴女の人形じゃない。


好きな服を着て、好きなことをするの。素敵でしょう?




「拝啓、きっと糸が切れたことにすら気付かない、私の元傀儡師へ。」



あははっ、という笑い声が零れた。



「もう貴女の顔など見たくはないわ」



もう言のやいばなんて知らないわ。



静かに、此のトランクの出口へと手をかけた。






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