どうか、この世界を凍らせて
冬が好きだ、と私が言えば、寒いのにどうして、と貴女は言いました。
________その寒いのが好きなの、と言いたかった。
。*.。*.。*
雪国の生まれだからか、冬と呼ばれる季節には必ず雪を見てきたのです。灰色にくすんだ空から、或いは宇宙のような暗闇から、表情を変えて舞い降りてくるその結晶を。深く積もったそれにぱらぱらと落ちてくる赤い実を。
雪が付いて離れなくなってしまうからと、わざわざ手袋を取って、光を反射して砂糖のように煌めいたそれに、つん、と触れた時の僅かな痛みに応えるように赤く染まる指先。
_______そういえば、幼き日、最後に柔らかい夕日に包まれながらかくれんぼをしてくれた貴方は、今何処にいるのでしょうか。逆光の世界を、貴方はまだ覚えていますか。
外の氷漬けの道路など知らず、広い校舎の中で、一緒に見た世界を。
生きる場所が変わって、私はもう二度と見れなくなってしまった景色を。
。*.。*.。*
起こされることなく無意識に眠っている曖昧な記憶が、何処に居たのかも判らない遠い夢が、私を冬の中へ連れ出しているのです。
チョコレートが美味しい季節、景色が綺麗に見える季節、ただそれだけではない、確かでぼんやりとした記憶。
その記憶や夢も、寒さを置いてきたような貴方の笑顔も、ひらひらと舞い降りる雪も、いつもより早く私を置いていく夕焼けも、口の中のチョコレートも、この枯れた空気も、体温を奪って通り抜けていく風も、独りぼっちのような暗闇も、だからこそ輝いて見える星や電灯や火の明かりも。
何もかもが、私を置いて消えていってしまいそうで。だからこの景色を、記憶を、失いたくなくて。忘れたくなくて。
でも、どんなに美しくても、スノードームに閉じ込めておいても、割れずに取っておける保証は無くて。
壊れてしまいそうで、壊してしまいそうで。
_________だから、思ったのです。
「この美しくて儚い世界を、いっそ、凍らせてしまえたら」__________と。
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