独房の国のアリス

そのチャイムを合図に、今日もハートの女王が玉座を持ち出して小さなティーパーティーを開くのです。マッドハッターは止まらない、三月ウサギだって庭を貸すことをやめない。ああ、なんて狂っているのでしょう!


。*.。*.。*


「起立。礼」


一言と重なるチャイム。耳に入る雑音。ティーパーティーの合図。

周りの声に巻き込まれまいと、私は一人ノートを開く。


「ねぇ………さっきの見た?」

「見た見た………やばかったねえ」

どうやら始まってしまったようで________すぐ側の席で開かれる、無意味なお茶会が。


静かなうちは目配せしてチェシャ猫のように笑っているくせに、今度は合図を送るでもなく集まってきてハートの女王の一声でティーカップに味のしない紅茶わだいが注がれる。


「本当に気持ち悪かった!ねえ?」

「えっ?あ、そうだね………」

迷いながらも同意を示すトランプ兵は、まるで逃れられない檻の中にいるようだ。脱獄者は________女王の標的になってしまうから。


その様子を傍観者気取りで眺めていると、パーティー会場の庭の外の三月ウサギと視線が重なった。己の椅子に客が座らないことを願いながら席を立って、声をかけてみることにする。


「席。…………返してもらうように言ってみたら?」

「いや、いいよ……なんか言われそうだし」

ああ、結局この人も首をはねられる事に怯えているのね。は気楽でいいわ、などという考えを脳裏に浮かばせてから、目の前のティーパーティー、もとい裁判に目を向ける。そう、これは裁判だ。玉座の上の、女王による。


アリスは気楽。だから、大丈夫。どうせ、処刑台わだいに上げられたって死にはしないもの。



「ねえ、その席」


とだけ吐き捨てて、私の席につく。


それ以上など、無かった。



_______ああ、間違えたかも。


うさぎを取り残してしまった。幸い女王御一行様は去ったようだけど、知ってる。ええ、分かっているわ。貴方がたの視線の先は_________私でしょ。

ちらりと視線を向けると、ほらやっぱり。目が合って視線を其方に戻したって遅い。潜めるようなその声の矛先は、私に向いてるんでしょう!


貴方だって、貴女だって_______どうせ私を嫌ってる!

信じられる相手なんて、この狂った庭で居る訳無いじゃない。世界中でも片手の指で足りるほどだっていうのに。


_______ああ、そうよ。私はアリス。


独りぼっちを選んでまで、この茶会の招待状の『御欠席』に丸を付けた。

檻の中で暮らすなんて御免だもの。それなら嫌われ者のレッテルを貼られた方がよっぽど良いわ。


正義である、という、自己満足のために。



。*.。*.。*



そのティーパーティーは至る所で開かれて、混じらない者だけがアリスになれる。さあ、この庭を疑え。キノコを口にして、ハートの女王に抗え。

庭を貸す三月ウサギ、もう止められないマッドハッター、抗えないトランプ兵。


その誰もが皆、檻の中。




「脱獄者は、誰だい?」

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