「ケンジの悩み」

【ケンジはこの頃、奇妙な症状に悩まされていた。】


          †††


 ――最近、どうにもおかしい。


 トイレから出たケンジは、腹をさすりながら首を傾げた。


 ほとんど何も食べていないにもかかわらず、やたらと便が出るのだ。


 水の飲みすぎで小が頻繁に出るのなら、まだいい。しかし今日はまだ何も食べていないのに、もう三度も大を致している。


 一度の量はそれほど多くないが、流石に出すぎじゃないか、と訝るケンジ。


 自室に戻ったケンジは、つけっぱなしのパソコンに向かって検索し始めた。何か病気ではないかと心配したからだ。


 ケンジは元から活発な男ではなかったが、この頃は暑さですっかり参ってしまって、ほとんど家から出ることもなく、パソコンに向かいきりの毎日だ。いや、引きこもりなのは随分と前からなので、暑さのせいで特別何かが変わったわけでもないのだが。


「うーん……」


 しばらくネットで調べたが、特に手がかりは見つけられなかった。基本的に食べ過ぎが原因と出てくるばかりで、自分のように食べないのに出る、という症状はなかった。


 仕方がないので、不安な気持ちを抱えたまま動画サイトを巡回する。面白い実況動画や衝撃映像などを観ているうちに、不安も薄れ、だらだらと時間だけが過ぎていく。


 しかしそうして過ごすうちに、流石のケンジも腹が減ってきた。


 暑さでバテて食が細くなりがちだが、仙人でもあるまいし、かすみを食って生きていくわけにもいかない。特に今日は起き出してからまだ何も食べていないのだ。腹が空くのも当然というものだろう。


 働くわけでもなく、何か生産的な活動に携わるわけでもなく。それでいてトイレにだけは必ず行き、飯も食う。自分のような人間を『穀潰し』と呼ぶのだろう、とケンジは自嘲の笑みを浮かべた。


 自室を出て、階段を降りる。古びた一戸建ての木造住宅。


 台所に行くと、流しの前で小太りの中年女性――二男一女の母たるフミコが、洗い物をしていた。


 すきっ腹をさすりながら、ケンジはその背中に声をかける。


「フミコさんや、ご飯はまだかのう」


 フミコ――ケンジの息子の嫁は、振り返って呆れたように言った。


「あらやだお義父さんったら、さっき食べたばかりじゃありませんか!」

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