姫さま達の奮戦記
「まず食料を一等船室に上げましょう、手伝いが入りますね……私が話をいたしましょう」
アンジェリカは甲板に集まっていた乗客に向かって、話しかけました。
「皆様、私はアンジェリカ、黒の巫女様にお仕えしている側女です」
「このプリンセス・ユーコン号は座礁してしまいました」
「しかも、ここは『死の水面』といわれる、肉食魚の巣のどまんなかだそうです」
「浸水が進めばこの甲板も水没するそうです、あと三日後に下りの船がやってきます」
「それに何とか乗せてもらうことになりますが、皆さんは念の為、この上の一等船室甲板に避難してもらいます」
「食料は十日分ありますので、何とか助かる目処は付いています」
「しかし手足が伸ばせないほど、狭い場所に三日いることになります」
「トイレはおまるにして、捨てることになります」
「船から直接川面にすると、肉食魚がそれをさかのぼって来ますので、厳禁となります」
「不便ですが、生き残るためには耐え忍ばなければなりません」
「只今より私が指揮をとります」
「この中に軍人、騎士の方はおられませんか?お手伝いをお願いしたいのですが」
休暇中のモルダウ王国軍の兵士たちが乗っていました。
そしてシャレム騎士団の騎士が一人、ハンスというネメシス城の警備主任で、シャレム騎士団女官長のシルビアの忠臣です。
アンジェリカは一度だけ、顔を合わせたことがあります。
「ハンスさん、申し訳ありませんが、モルダウ王国軍の方々を率いて、手伝ってくれませんか?」
「シャレム騎士団は黒の巫女様に忠誠を誓うことが名誉です、その寵妃であられるアンジェリカ様に従います」
と、いってくれました。
「まずは出来るだけ早く食料と飲料水を一等船室まで運んで頂けますか?」
「水が来ている場所の物は放棄して下さい、船員さんの半分もハンスさんに従って下さい」
「アルフォンシーナさんと、ルクレツィアとトスカは、女性客の居場所の割り振りをお願いします」
「航海士さんたちは男性客の方を、それから動力魔法使いの方はこちらへ来て下さい」
五人の女性が集まって来ました、どの女もアンクルという物を足首につけています。
女官を退官した女たちです。
彼女たちはアンジェリカの前に来ると直立不動の姿勢を取りました。
女官という女たちは、位の上の女には絶対に服従するように叩きこまれています、それは退官した後も続きます。
「五人ですか……もう少しおられれば楽だったのですが……仕方ない……」
どうやらアンジェリカには考えが有るようで、自信に満ちた態度でテキパキとした指示を出しています。
それが不安になっている、数多くの乗客のパニックを阻止して指示に従わせているのです。
アルフォンシーナと、ルクレツィアとトスカの三人は奮闘中です。
プリンセスなどと、いっている場合では無いのです。
女たちは不安そうな顔で何をしていいのかわからないようですし、先ほどのトイレの問題、幼子のミルクの問題、中には妊婦さんもいます。
「お湯とシーツがいるわ」
「お湯はどうにもならないけど、とにかく下からカーテンを取ってくるわ」
「危ないけど大丈夫よ、水のある場所は絶対いかないわ」
ルクレツィアとトスカが、船室のシーツを大量に調達してきました。
大きなタライにいっぱいの戦利品も一緒です。
「もうダメよ、甲板から下は危ないわよ、とにかく薬もかっぱらってきたわ」
そういって、幼子たちのオムツ代わりにするために、シーツなどをさいています。
「お湯が何とかならないかしら……私たちは構わないけど、お年寄りには温かいスープなどを差し上げたいし……」
「お湯の問題は何とかなるわ」
と、いつの間にかやってきていたアンジェリカが云いました。
アンジェリカが魔法を発動します、すると目の前の水面から水が分離し浮き上がります。
薄い膜のように広がります。
そしてその下から火が水を煽ります、ぶくぶくとその浮いた水が沸騰を始めます。
その水の塊からシュウシュウと湯気が出始めると、沸騰した水は移動してきて、何か空中に浮き上がった膜を通過して、ルクレツィアとトスカがかっぱらってきたタライに収まりました。
カがかっぱらってきたタライに収まりました。
「その水は完全に沸騰していますから、肉食魚なども死んでいます」
「そして魔力で漉していますので、飲用もできます」
そうはいわれても恐ろしいですからね……
ですので、アンジェリカは自らそのお湯を飲んで見せました。
なにも起こらぬ事に、乗客たちは黒の巫女の寵妃がどれほどのものかを実感した様でした。
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