死の水面
船員が右往左往しています。
「どうしたのですか!」
と、アンジェリカが一人を捕まえて聞きますと、
「座礁です!」
との返事です。
座礁って……
「大変じゃないですか!船は沈むのですか!」
「わかりませんが船底に大穴が空いています」
「いま船長が見に行っていますので、しばらくここにいて下さい!」
その船員さんがいいましたが、そこへ、
「航海士!船底に降りていった船長達が喰われました!」
「喰われた?どういうことだ!」
「肉食魚です、穴より肉食魚が船内に入っています、穴の修理は不可能です!」
「しまった!『死の水面』だ!」
航海士と呼ばれた方が真っ青になりました、それでも、
「状況を調べてこい、乗客の皆さんを甲板に避難させろ!」
「この船は木造、しかも船底を座礁しているのだから、一応引っかかっているはず」
「今すぐ沈むことは無いはず、とにかくお客様を安全な場所へ!」
続々と乗客が甲板に上がってきます、皆、不安そうな顔をしています。
ポリーさんが、
「アンジェリカ様、大変ですよ、『死の水面』と航海士がいっていましたが、ユーコンでは伝説になっている場所ですよ」
「難破して戻ったものは、ほとんどいない場所です」
『死の水面』……ここが……話には聞いていましたが……
「でもここ何十年、難破したとは聞いていませんが……そうか……喫水線……船が大型になったのですから……しかも乾期……」
乾期でユーコンの水量が減っているのです。
『死の水面』とは、ユーコン最凶の肉食魚の繁殖する場所なのです。
この肉食魚に出会って、白骨にならなかったものはいないのです。
「ポリーさん、船の船員の中で、いま船を指揮している方を呼んできてくれませんか?」
「黒の巫女の寵妃、アンジェリカが呼んでいるといって」
来たのは先程の船員さん、一等航海士だそうです。
「救命ボートはありますか?」
「先ほどの難破の衝撃で半分はこわれました、しかしこの場所で救命ボートは危険過ぎます」
「あの肉食魚はものすごく小さいやつで、少しの浸水でもあれば、侵入してきます」
「体内に入れば、そのものを内部から食いちぎり、その死体の体液にでも触れれば、すぐに体液から新しい肉体に侵入します、触ったものに感染するのです」
「助けは?」
「雨季までは無理かと……本船が座礁したということは、近くに寄れないということです」
「近くまでは来るのね?」
「あと三日すれば下りの船がやってきます、それを止めれば……でも近寄れますが接舷はしないと思われます、再度の座礁が怖いですから」
「何処まで寄れますか?」
「相手の船次第ですが、多分、声は届くでしょう」
「食料は?」
「十日分はあると思いますが……」
「が、とはどういう意味ですか?」
航海士は声を潜めて、
「徐々に浸水が進んでいます、このまま進めば甲板は川面に沈みます……」
「では……その上の一等船室あたりに逃げなければ、まずいのですね……でも全員避難出来るのですか?」
「手足は伸ばせなくなりますが、それならなんとか……」
そしてその他の、注意することを細々(こまごま)と聞きました。
「アンジェリカ様、出来れば寵妃であられる貴女が、指揮して頂けませんか?」
「黒の巫女様の寵妃の貴女なら、皆パニックを起こさないと思うのです、黒の巫女様のご加護がありますので」
そんなわけで急遽、難破船の指揮を取ることになったアンジェリカ、でも強い味方がいますけど。
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