川船 プリンセス・ユーコン号


 二人はユーコンを遡上する豪華客船、プリンセス・ユーコン号の一等船室に収まっていました。

 しかもアンジェリカは、チョーカーを不可視にしています。


 この船は先頃建造された新造船、今回二回目の航海なのです。

 川船なのに船縁が何故か高くなっています。

 幅広でタライのような船ですね。

 船内はそれは豪華、ど真ん中の甲板は広く、なんでも時々、舞踏会なども開かれるそうです。


「黒の巫女様の寵妃である事を、知らせないのですか?」

 ポリーがアンジェリカに聞きますと、

「私、この機会に一般の人々と触れ合ってみたいのです、黒の巫女様も構わないと、おっしゃってくれました」


「では私がお嬢様のお付きの女中、お嬢様は何処かの裕福な家のご令嬢、ということで通しましょう」


「アンジェリカ様は黒の巫女様の寵妃、例え国王陛下でも帽子を脱がなければならぬのがお嬢様ですよ」

「さぁ甲板にでもでて川面の景色でも楽しみましょう、パリスまで時間はたっぷりありますよ」


 プリンセス・ユーコン号はパリスを目指して、流れを遡っています。

 圧縮空気魔法動力エンジンが黒の巫女よりエラムの世界に下賜されたお陰で、プリンセス・ユーコン号のような大きな川船も大河ユーコンを遡上出来るようになったのです。


「動力魔法使いは何人乗るのかしらね……」

 そんな話をしているアンジェリカたちでした。


 プリンセス・ユーコン号は豪華客船、パリス連合王国内の紳士淑女が、大量に乗船しています。

 でも、アンジェリカを知るものはあまりいません。

 基本的にはハレムの女ですから、あまり外には出ないのです。


 昼下がりの明るい日差しに包まれるように、プリンセス・ユーコン号は航行しています。

 軽やかに風がアンジェリカの髪と戯れています。


 エラムの乾期は、それは鮮やかな光に包まれます。

 それを眺めながら、ポリーは今更ながらアンジェリカの美貌を認識したのです。

 アンジェリカはさすがに黒の巫女の寵妃、その美貌は大したものなのです。


「お嬢さん、よろしければ晩餐をご一緒にいかがですか?」

「それよりも私とお茶でも?」

「出来ましたら、私とお付き合い願えませんか?」

 若い男がうるさい事……

 ポリーさんが、ばあや然としてさばいています。


「まったく、本当なら声をかけただけで監獄もんなのに!お嬢様にいい寄るなんて!」

「ポリーさん、いいではありませんか?」

「軽薄な男なんてゴミですから、ゴミに怒っても仕方ないでしょう?」

 可愛い顔をしてキツイことをいっています。


「それに……私はアウセクリス様の女奴隷、心も身体も捧げていますから、ゴミ男など汚らわしいだけ!」

 アウセクリスとは、黒の巫女ヴィーナスのパリス連合王国における名前。

 このエラムの世界は黒の巫女同君連合体制、パリス連合王国女王でもあるヴィーナスの君主としての名前なのです。


 遠くを見るようなアンジェリカの横顔を眺めながら、ポリーは幼い頃のやんちゃなアンジェリカを思い出しました。


 あのお嬢様が……恋する乙女に……

 時は流れるのね……このユーコンは変わらぬのに……私も……時の流れにあがらえないのね……

 公爵様のお側にあと何年おれるのだろうか……


 大河ユーコンの流れは変わらないように見える……

 しかし、人が作った船、プリンセス・ユーコン号は遡上している……


 自然に逆らって、ありえない航跡をたどる船……

 ポリーは、目の前で起こっている事の意味など考えもしない。

 アンジェリカなどなおさらでしょう。


 それでいいのだろう……

 女たちは良き人の事が大事、そして、美女はうるさいハエどもに悩まされます。


 いま、アンジェリカの心のなかは、このうるさいハエをどうしてくれようかとの思いでいっぱいです。

 さすがにしつこいので、ゴミに対して怒りが湧いているようです。



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