第六章 アンジェリカの物語 リバーボート
黒の巫女の側女
里帰り中のエピロス王族であり、パリス連合王国宰相の孫娘アンジェリカは、首都パリスへ戻るために、大河ユーコンを遡上する川船プリンセス・ユーコン号の船上にいた。
初めてのユーコン・クルーズを楽しんでいたのだ。
チョーカーを不可視にし、何処かの裕福な家の令嬢との触れ込みだったのでナンパの嵐、若い男たちがいい寄るのに少々辟易していた。
しかしナンパの嵐で浮かれていると船が座礁、本物の難破に出会ってしまった……
そこでアンジェリカさん、頑張ることに……
* * * * *
エピロスとコムネノスの国境の港町、大河ユーコンが海と出会う場所。
その町にアンジェリカは幼い頃から住んでいました。
グリゴリー公爵の孫娘ではあるが、母親の出自が悪く、早く母をなくした上に父もなくなると、エラムの風習で売りに出されたのです。
エピロス王族とは認められていないのは母の出自のせい、ゆえに財産として相続した者が、その様な女を嫌い売りに出したのです。
祖父であるグリゴリー公爵はそれを悲しみ、密かに孫娘を購入し小さな港町に隠棲したのです。
いつしか時は流れ、グリゴリー公爵はパリス連合王国宰相、そしてアンジェリカは黒の巫女ヴィーナスの側女となります。
すると掌を返したように、アンジェリカはエピロス王族となりました。
そしてアンジェリカは、祖父に長年仕えた使用人の葬儀に出るために、久しぶりに故郷に戻ってきた訳です。
その頃のエラムは、三つの戦いも終わり、大陸横断馬車鉄道路線が、初めて開通した頃でした。
黒の巫女の寵妃であるアンジェリカ。
本来、外出などとんでもないのがエラムの常識なのですが、黒の巫女であるヴィーナスは意外にあっさりと許可してくれました。
アンジェリカの細い首にはチョーカーが輝いています。
そのチョーカーには、黒の巫女の絶大な魔力が込められていて、所有者を常に守っている……
どのような不測の事態に対しても、身につけている女を守っています。
不埒な行いなどしようとすれば、多分、その馬鹿者の魂、肉体は、跡形も無く消されるのは確実です。
このエラムの世界では、黒の巫女に仕える女官に対しては男優位の社会体制の中でも、特別なのです。
騎士といえど敬意を表す、そしてそれは名誉な事でもあるのです。
彼らは黒の巫女の所有するものに対して、敬意を表すのです。
まして黒の巫女の夜伽に侍った女、チョーカーを身に着けている女に対しては、所有者である黒の巫女の絶大な権威が備わります。
つまり、エピロス国王といえど、それなりに敬意を表さなければなりません。
チョーカーは不可視にも出来る、まぁそんな事は誰もしないのですが……
使用人の葬儀に、黒の巫女の寵妃が来たという事は、その者の残された家族にとって最高の名誉でもあります。
葬儀も無事にすみ、アンジェリカはグリゴリー公爵のいいつけを守り、使用人の一人娘の購入手続きをしました。
公爵は長年仕えてくれた男の娘が嫁にもいけず、このままでは相続人に二束三文で売り飛ばされる事を知っていたのです。
三十五六のこの女はポリーといい、かなり美しい女で、アンジェリカは祖父の女であろうと確信しています。
「ポリーさん、私はパリスに帰りますが、一緒に来ませんか?」
「公爵さまにはご迷惑かと……」
「私、これでも寵妃です、悪くいえば囲われ者、だから貴女が祖父にとって、どのような方か推測できます」
「……」
かなり違うと、ポリーは思ったのです。
「多分、祖父は来て欲しいと思っているでしょうね、さあ行きましょう、未来の公爵夫人」
「お嬢様……ありがとう御座います……」
「じゃあ、のんびりとパリスまで船で帰りましょう」
「私、ユーコン・クルーズは初めてなの、楽しみね♪」
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