忠告


「旦那さま、堤の工事が再開されるようです。」

「なに!誰が工事をするのか?」


「同じ者です、あの土木工事業者です。」

「破産させたはずでは……」

「どうやら、テコいれしたものがいるようです。」


「性懲りもなく……せっかく堤が壊れて安堵したのに……」


 カルシュの町の、何処かの商会の建物の一室での会話です。

「あの堤が出来れば、水の商売が打撃を受ける……利益どころか、我々の投資した、金の回収が難しくなる。」


 別の場所では、

「工事が再開されただと!」

「その様です、農民たちが、こんどこそと期待しているようです。」


「農民どもめ、水を売ってやっていた恩を忘れて……」

 このあたりの水瓶である、水利権の所有者である、領主の会話です。

「まぁいいか、また上流で雨が振るだけだ……」


 工事は再び始まり、堤は順調に出来上がりつつあります。

 小雪さんの臨時講師も、もうすぐ終わりになりつつあります。

 新しい先生が決まったのです。


「このまま小雪さま、続けてくださるといいのに……」

 アンジェリーナ顧問、いや女官長がつぶやいています。


「あと五日ですか……でも有意義な人材が育ちましたね……」

 送別会の準備などをする、アンジェリーナではありました。


「ブルーナお嬢様、旦那様に注意してくれるように、いってもらえませんでしょうか?」

 午後の授業が終わって、二人が下校の時でした。


「突然どうしたの?」

「私たち、この頃、測量の勉強をしているでしょう?」

「それで、小雪先生が暇な時に、堤の作り方を聞いてみたの。」


「えっっっ、エルメリンダ、いつの間に……小雪先生、よく教えてくれたわね。」

「勿論、お昼時にお弁当を持っていったのよ、美味しいっていって下さって、食べた後に、何が聞きたいのかって、お見通しだったのよ。」


「でね、基本的には竹かごに石を詰めて、積みあげるのよ、その手前に杭をたくさん打ち込んでね、そして土塁を石の後ろに作るらしいの。」


「それから、これが肝心なことらしいのだけど、この堤防を本堤とすると、河に向かって、本堤から真っ直ぐ伸びる横堤を、幾つも作るらしいの。」


「それでかなり水の勢いが、弱まるそうな……でね、小雪先生がこういったの、いくら丈夫に作っても、人がその気になれば決壊するわねって……」


「……」

「私、その時ハッとしたわ、小雪先生って多分……今回の事の援助の方……何もかも知っておられるはず……」


「小雪先生は、黒の巫女様の愛人でもあられる……わざわざ独り言のように云われたけれど、注意しなさいって事だと、その時思ったの。」

「前回、堤が決壊したのは、ひょっとすると誰かの差金ではと……」


「エルメリンダ!貴女、本当に賢いわ!」

「そうよ、きっとそのとおりだわ、私、お父様に話してみるわ!」


 二人はブルーナの父親に話してみました。

 最初は笑っていましたが、小雪の名前が出ると、身を乗り出しました。


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