第三章 小雪の物語 女教師
アンジェリーナのお願い
ヴィーナスの愛人の一人、有機体アンドロイドの小雪に、あるとき、困った頼みごとが持ち込まれた。
エラム唯一の女子高等教育機関、学園都市カルシュにある『学問の府の女子部』、ここの臨時講師にと望まれたのだ。
もともと主(あるじ)であるヴィーナスも、一時算数の臨時教師をしていたし、この話を持ち込んできたのは、カルシュ自治同盟のアンジェリーナ女官長、……断り切れない小雪は、渋々引き受けるのだが……
* * * * *
「小雪さま、お願いがあるのですが」
珍しくイーゼル温泉でのんびりと午前中を過ごし、昼食などをこれまたのんびりと取っていた小雪に、アンジェリーナ女官長が声をかけてきた。
ヴィーナスの愛人たちは別として、他の女からはめったに声などかけられることのない小雪である。
誰もが内心、恐れているのである。
あまり笑わないので有名な小雪、しかもビクトリアに打ち勝った女としても有名、でも誰もが恐れる一番の理由は、死神使いということである。
ヴィーナスを除けば、エラム世界において、死神を呼び出せるのは二人だけ。
その内の一人、ビクトリアは女傭兵としての武名が大陸中に轟いているので、人々はなんとなく許容出来るというか、納得しているところがある。
その上、明るく陽気なところがあり、人に好かれるのだが小雪は違う。
恐ろしいほどの冷たい美貌と、華奢な身体、剣技においてはビクトリアが師匠とまで呼び、ビクトリアよりも強いだろうといわれているアテネもまず敵わない。
魔法においては、大賢者ダフネに勝るといわれており、事実ダフネがそれを認めている。
親衛隊亡き後のジャバの精鋭、突撃隊の面々も、小雪が来るとなんとなくそわそわするし、ホラズムの野戦警察の面々も視線を合わせようとはしない。
小雪の武名は伝説的である。
何より人々が震えあがるのには、ジャバの親衛隊を一人であっさりと片付けたことである。
ジャバの親衛隊というのは、当時なく子も黙るといわれた軍事集団、エラム世界で最強と自他共に認める存在だったのである。
この時、小雪は地中より無数のゴーレムを呼び出し、あっという間に殲滅させたのである。
そして、北方蛮族、つまりレムリアとのキリー攻防戦で、小雪が出した死神は語り草になっている。
小雪の死神は多くの人が目撃し、その恐ろしさが瞬く間にエラムの人々の噂の種になったのだ。
そんな小雪に声をかけてきた女がいたのである。
アンジェリーナは、カルシュ自治同盟のヴィーナスのハレムの女官長、小雪としても邪険に扱うことはできない相手である。
「なんでしょうか?」
「小雪さまはウェヌス女王陛下に、学問を教えられたと聞き及んでいます」
「学園都市カルシュにある『学問の府の女子部』は、女子の高等教育機関としてはエラム唯一の学校ですが、女学生たちに学問を教える女教師が不足しているのです」
「先日、女教師の一人が退職しました、結婚だそうで引き止められなかったと聞いています」
「ご存知のように、私は『学問の府の女子部』の校長を務めていました、今でも顧問でもあります」
長い前ふりです、本人がいっているように、アンジェリーナ女官長は元校長先生、長い話はお得意です。
「失礼ですが手短にお願いできませんか?」
「これは失礼を、つまり小雪さまに次の女教師が見つかる迄、臨時講師をお願いしたいのです」
「……私が?」
「適任と思いますので……ウェヌス女王陛下にはお許しを頂いております」
「……」
小雪はため息をついた。
小雪にとってウェヌス、つまり惑星エラムの主権者、黒の巫女ヴィーナスは身も心も捧げる相手、主であるヴィーナスが許可するということは、小雪にとっては絶対命令に近い。
「ヴィーナス様が許可されたのなら、私に断ることはできません」
アンジェリーナ女官長はしてやったりの笑顔を浮かべて、
「それでは算盤の授業をお願いします」
「アンジェリーナ女官長……はめたでしょう」
そう、このエラムでは算盤は最高学問の一つ、この古代さながらの世界では、算盤はステータスでもあります。
実学の筆頭と呼べる学問なのです。
主のヴィーナスがその昔、ここで算盤を教えたのがその始まり、数学的な知識とともに、エラムでは『学問の府の女子部』卒業の、算盤使いが引っ張りだこ。
エラムに平和が訪れ、商業が盛んになったのがその最大の原因です。
「算盤使い、その教師が辞めるわけは無い、例え結婚したとしても、退職などしないし、周りがさせない」
小雪はそのように分析した。
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