襲撃に育まれた友情


 二人で夜空を眺めていると、小雪がポツッと呟いた。

 言葉の響きには、親しみがこもっていた。

「アナスタシアさん……」


 アナスタシアはすこし嬉しかった。

 常にクールで冷たい感じの小雪が、自分の事を『さん』づけで呼んでくれたのだ。

 アムリア帝国第一皇女が、ささやかな友情というものを、感じた瞬間であった。


「なんですか?」

「いや……あと5日も行けばキリーにつく、貴女はイシュタル様にお会いになるが……こんなことをいってもいいのか……」


「いって下さい、構いません、私は覚悟を固めています。」

「イシュタル様は夜伽の最中に、高ぶって相手を殺すとか、しかし私の代価は支払われているし、父が私を売り渡した以上、私はそれも運命と思っています。」

「私は長くありません、いまさらそれがどのような形で、どのような時であっても、驚きはしません。」


 アナスタシアは小雪が、そのことを教えてくれようとしていると、思ったのだ。


「いや、違うのだ、よく聞いて欲しい、貴女をこの道中見ていた、貴女は肝が座っている、しかも優しい、さすがはアムリアの第一皇女と思った。」


「私は他人に、こんなに親しみを感じたことは滅多にない、友情という感情は、陳腐な物と理解していたが……貴女にはイシュタル様の愛人仲間に感じる、そのような親しみを感じる。」


「だから一言、お願いしたいのだ、イシュタル様と出会われたら、イシュタル様のこと、貴女の素晴らしさを見抜かれるだろう、そしてご下問があると思う。」


「その時は、今思われている事を、思うままに返事されればいいが、『私の為になんでもできますか』との趣旨だろうが、そのようなご下問があれば、出来れば良い返事、従う覚悟を申し上げて欲しい。」


「小雪さん、そのようなことをいっては……」

「我が主は千里眼ともいえる方、そんなことはお見通しで有ろうし、配下の者がそのような行動を起こしても、怒こられる方ではない。」


 そして、すこし考えたが、こうも云ったのだ。

「イシュタル様は、貴方たちがいう、黒の女神様がお作りになったような、この世のものとは思えないほどの美しい方、そして十七八にお見えになる……しかも、黒い髪と黒い瞳……」


 アナスタシアは戦慄した。

 黒い髪と黒い瞳……アムリア宮廷図書館で、その乙女の話を読んだことがあるし、誰もが知っている、この世界の創世の神話の中に出てくる、女神の約束、遣わされる乙女……


「それって……」といいかけたが、アナスタシアは言葉を飲み込んだ。

 聞いてはいけない、小雪さんは私を信じていってくれたのだ、このことは死ぬまで鍵をかけなくては……


「ありがとう、小雪さん、必ず従う覚悟を示します。」

 アナスタシアは心から感謝とともに、そう返事した。


 イシュタルは、キリーの通称亡霊の館の謁見の間で、アナスタシア皇女を見下ろしている。

「私がイシュタル、貴方の主です。このキリーの町の施政権は貴方にゆだねます。」


「本日をもって、ジャバ王国がアムリア帝国よりあずかり、防衛はジャバ王国が持つことになります。」

「アナスタシア皇女、長旅ご苦労でした、すこしお休みください。」


 そのあとは、ほぼ小雪の云った通り……

 そしてアナスタシアは、イシュタルの配慮で身体を治し、愛人として側に侍ることになるのである。


 蛇足であるが、エラムの動乱が集結して、アナスタシアがホッパリアを訪れたことがあった。

 その時、一人の商人の妻が、小さな銀のブローチを差し出し、これをお見せすればお会いくださると、謁見を申し出てきた。


 もちろん、アナスタシアはすぐに謁見、互いの無事を喜んだ。

 女は小さい男の子をつれ、さらに生まれたばかりの女の子を抱いていた。


「できればアナスタシア様、この子に名前をつけてくれませんか?」

「私の名前はどうでしょう。」

 その子はアナスタシアと名付けられた。


    第八章 FIN

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