突撃隊の怯える女


 女であった。

 その名を小雪といったが、およそエラムではありえないような響きの名前を持つ女、素晴らしく美しいが、美しすぎて怖い……


 見ていると、トールや突撃隊の面々が馬鹿騒ぎをしていても、この女が近寄ると張り詰めたような雰囲気になる。

 視線を合わせたくないようで、中には怯えているような者もいる。


 トールは明らかに上位の者に対する接し方で、アポロも一応丁寧に物をいっている。

 一体侍女と称するこの女は何者だろう……


「小雪さん、そう呼んでいいのですか?」

「お好きなようにどうぞ」

 愛想のない返事をくれた。


 一行はキリーを目指している。

 アムリア帝国の中を堂々と、ジャバの旌旗を翻しながら、突撃隊は隊伍を組んで進んでいく。


 その頃リゲルでは、皇太子が取り巻きを集めている。

「姉上がイシュタルの女になる、父上は気が狂ったのか?」

「わざわざジャバに、大陸への足がかりを与えることになるではないか!」


「イシュタルは狡猾だ、塩の富でこのアムリアを徐々に食い散らす気だ!」

「現に今、ジャバの塩が大陸内部の岩塩鉱山を閉鎖に追い込みつつある」

「このまま、ジャバの塩に依存するようになれば、塩を止めると脅されたら、いいなりになるしかないぞ!」


「しかし、アナスタシア様がイシュタルの女になられれば、絆ができて塩の件は心配ないのでは?」

「汝は愚か者か!姉上は余命いくばくもない、姉上の口から塩の流通などといって、アムリアの地形、今の腐敗している宮廷内部の様子、誰が権力を持っているかなど聞き出すに違いない」


「私がイシュタルならそのような行動に出る、塩の富でこのアムリアの権力中枢を骨抜きにする」

「考えても見よ、父上は母上のいいなり、そして母上は金のかかる女でもある以上、賄賂などには弱い」

「相手はあっという間に、何処とも知れぬ身からジャバの国王の首を切り落とし、王国を乗っ取った女だぞ!」


「そんな女に、アムリアの裏を知り尽くしている、姉上を与えればどうなるか」

「しかも姉上は死にかけている、病人である以上、どのような秘密をしゃべるか知れたものではない」


「確かにいわれればそうかも知れません、ではどうされるおつもりですか?」

「気の毒ではあるが死んでいただくしかない」

 この後、皇太子は細々(こまごま)と指示を出していた。


 そしてひと通り指示を終え、部下を下がらせながら思った。

 こいつらは役に立たない、もっと役に立つ男を部下にしなくては……

 その時はこいつらお払い箱にしてくれる。


 その頃、アナスタシア一行はリゲルとキリーの中間までやってきていた。

 アムリアの森林地帯はまだまだ続いているが、突然に青空が見える場所に出た。

 円形の広場のようになっており、このあたりには、ところどころにこのような場所がある。


 陽が傾きかけているので、トールが、

「今日はここで野営をする、設営を始めろ!」

 ドラ声があたりに響き、突撃隊は野営を始めた。


 さすがに歴戦の部隊、まずは円形に展開し、その中に部隊の司令部、それに民間人を収容している。

 その外側に掩体(えんたい)ほどではないが、溝を掘って、防火帯まがいのものまで作っている。

 およそアムリアの軍隊ではありえない行動で、アナスタシアは興味深く見ていた。


 アムリア帝国騎士団は、このジャバの突撃隊と戦闘すれば、五分で完敗ね……

 軍規も厳しく、アナスタシアのようなものにも、突撃隊の錬度の高さがひしひしとわかる。

 アムリアでの噂とは、乖離(かいり)している突撃隊の実態である。


 瞬く間に女性用にテントが一張り、そしてトール隊長が、

「アナスタシア様、用意が出来ました、我らは所詮軍人、至らぬところはお許し下さい。」

「小雪様、あとはよろしくお願いします。」

 そういうと、転がるように出て行ってしまいました。


 さすがにおかしくて、クスッと笑ったアナスタシアではあったが、小雪はここでもポーカーフェイス、ニコリともしません。


 ……本当にこの人、人なの?

 女神様がお作りになった、お人形みたい……


「どうぞ、私は不器用ですので、このような物しか作れませんが。」

 あったかいスープのような物を、勧めてくれました。


「……これは?」

「コーンポタージュというものだそうです、即席でお湯を注げばいいものです。」

「ジャバではこのようなものを食しているのですか?」


 本当に驚いたアナスタシアは聞きました。

「ジャバでは食していません、イシュタル様の食べ物です。」


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