ジャバに身売り
そこへ、本当に思いもよらぬ話がやって来た。
決していい話ではない、というより戦慄すべき話である。
ジャバ王国の執政から、イシュタル女王の愛人として、アナスタシアを購入したいという申し出だった。
イシュタル女王というのは残酷で好色な女好き、そんな恐ろしい噂話がまことしやかに乱れ飛んでいる。
「お父様、なぜ……」
アナスタシアは聞かずにはおれなかった。
「お前のためだ、ジャバ王国がお前を守ってくれる。」
「わしはお前の余生を、静かに過ごさせてやりたいのだ。」
「イシュタルの噂は聞いている、しかしジャバの執政が保証してくれている。」
「今回の話には、キリーという町の施政権がかかっている」
「ジャバにとってキリーは北の貿易の拠点、すでに実質的にはキリーはジャバのものではあるが、アムリアから正式な施政権が欲しいのだろう」
「ただこちらにも面子がある、それにアムリアの治安は悪化の一途、しかもいつ内乱が起こるかしれぬ、もしわしが倒れたら誰もお前を守ってくれぬ……」
皇帝はそう云った。
結局、お父様はいざとなった場合の逃げ場が欲しかっただけ……
もしもの場合、皇后とともに逃げる気なのか、アムリアを守る気はこれっぽっちも無いのかもしれない……
私がイシュタルの愛人になれば、子を産むことはなくなる、皇位継承の問題はない……
アムリアの内紛、皇后の胸の中、ジャバはそこまで読んでいるのだろう。
それに比べてお父様は……最早、老醜……
アムリア帝国はお終いかもしれない。
なんとなく、アナスタシアはそのような想いに囚われた。
いいわ、どのみち私は長くない。
イシュタルに弄(もてあそ)ばれ、殺されるとしても、私の代価で少しは国庫が潤うでしょう……
それに、さっさとお母様の元に行けるわ。
ふと見ると焼き菓子があった。
「これをくれた女官さん、いい時にやめられるのかもしれない……幸せになれればいいのだけれど……」
アナスタシアが承諾した以上、話はあっというまに進んだ。
十日がたち、アムリア全土にアナスタシアの購入先が発表されると、
「ひどい話もあるもんだ、あのお美しいアナスタシア様がジャバのスケベ女のものになるなんて……」
リゲルの住民は話を聞き、「アムリアの恥だ!」と息巻いたが……
「しかしな、女は財産でもある、第一皇女ともなるとおいそれと買うことはできない、莫大な金額だからな……ジャバの女王なら購入もできるというもの、仕方ないのかもしれない」
「……」
「せめて、イシュタルが噂と違う事を祈るばかりか……」
発表からしばらく経つと、ジャバから迎えの使節がやって来た。
滞りなく手続きが終わり、いよいよリゲルを離れるとき、宮廷では誰も見送るものはいなかったが、リゲルの市民は涙を流して見送ってくれた。
アナスタシアの周りには、ジャバの悪名高い突撃隊の面々。
さらに泣く子も黙るトール突撃隊長……
イシュタルの部下で主人同様、血も涙もない悪鬼……
噂が噂を呼び、いまや突撃隊は地獄の軍団のようにいわれているようだ。
ジャバの執政アポロは、見るからに聡明で悪辣、それがアナスタシアの第一印象だった。
この男がアムリアの宰相なら……帝国の腐敗もここまでひどくはならないのに……
アナスタシアが見るに、このアポロという男はとてもプライドが高く、おいそれと人の下には立たない人物。
その男がイシュタルのために、このような交渉のために出てきている。
不思議なことではある……そう思えるのだ、そしてもっと不可思議な人物に、アナスタシアは出会うことになる。
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