第二章 アナスタシアの物語 輿入れ

冷たい食事


 アナスタシアは、ジャバ王国に売り飛ばされた。

 ジャバとの政治的な裏取引の飾りとして、ジャバ女王の愛人として、購入されたのだ。


 ジャバからお迎えの一行がやってきたが、その中の一人の女が気になって仕方がない。

 名を小雪というその女に、歴戦のジャバの突撃隊も恐れていた、そんな中一行は襲撃されて……


     * * * * *


 アムリア帝国の第一皇女、アナスタシアは宮廷内で孤立していた。


 彼女は帝国の財産として、売りに出されていた。

 エラムでは女は所属する家、つまり家長の財産、第一皇女といえども、皇族の身としては致し方ない事なのである。


 身分が上になればなるほど、義務になってくるが、そこはエラム第一の大国、アムリア帝国の第一皇女、しかもエラムの中央大陸では、アナスタシアの美貌の噂は鳴り響いている。

 実際、アナスタシアは恐ろしいほどの美人である。


 珍しいバイオレットの、大きな瞳を持つ彼女は、清楚な雰囲気のある深窓の令嬢で、その瞳の力は威厳があった。

 それも手伝ってか、アナスタシアの代価は、とんでもなく高く設定されている。


 彼女を購入して、彼女との間に子供でもでき、なおかつ男だったら、アムリア帝国の皇位継承権が発生する。

 で、購入が可能なものが申し出ても、いろいろな思惑から拒否されてしまうのである。


 彼女を守るものは、いまは誰もいない、頼みにしていた、女官のアンリエッタも殺されてしまった。


 アムリア帝国騎士団団長のピエールの妻になり、二人して、アナスタシアを守っていてくれたのだが、そのピエールが皇太子である実の弟の、妻を差し出せとの要求を断ると、騎士団長の自宅が放火にあい、二人共死んでしまった……


 間違い無しに、弟に殺されたとアナスタシアは思っている。


 そんなアナスタシアに、不治の病が襲いかかった。

 病魔がアナスタシアを蝕み始め、この先長くないのを、アナスタシアは嫌でも自覚するはめになる。


 以来、アナスタシアに仕えるものは誰もいない。

 アナスタシアの病気は、宮廷内では周知の事実、それも彼女の周りから、人がいなくなる原因の一つでもある。

 いま宮廷内の女官たちは、全て皇后に従っている。


 父である皇帝ジョージ二世は、後妻である皇后に骨抜きではあるが、先妻の面影を残すアナスタシアは気にしている。

 その父の思いが、アナスタシアの命を守っているといえる。


 皇后はアナスタシアを憎んでいる、皇后といえども皇帝の女の一人、亡き者にしたくて仕方無いが、そのようなことをして、皇帝の逆鱗に触れるかもしれない、リスクはおかせない。


 寵愛をなくしたらおしまいなのは、理解している。

 だから、アナスタシアを殺したくとも殺せない、


「早くお母様の元に行きたいものね。」

 独り言をつぶやきながら、冷えた食事を口に運んでいた。


 アナスタシアの食事は、一応宮廷内の厨房で作られたものが、運ばれてくるのだが、必ず冷えていた。

 皇后の意向が反映されているのは、アナスタシアもわかっている。

 気の毒そうな女官の顔をみれば、文句をいう気もなくなる。


 品よく少し食べて、

「頂きました、下げて下さい。」

「……皇女様、とにかく、全ておたべになったほうが……」

 我慢出来ないのか、女官が口を開いた。


「ありがとう、貴女、どのみち先の無い身、身体をいとう意味はありませんし、私と口を聞かぬほうがいいですよ。」


「……私は今日お暇をいただきます、ホッパリアの商人のもとに輿入れします。これが最後の仕事ですが、どうかご自愛下さい、これをどうぞ。」

 そういって大事そうに、懐から何かを包んだものを差し出した。


「私に?」

「私が作った焼き菓子です、このようなものしか、女官の身としては差し上げるものがありません、なるべく栄養がつくもので作りました。」


「ありがとう……私も貴女のお祝いに差し上げるものが……これを受け取ってね。」

 そういって、アナスタシアは身に着けていた、小さな銀のブローチを外して、女官の手に握らせました。


「お幸せになってね、私の分まで……」

「……黒の女神様の、ご加護がありますように……」


 女官が下がっていくのを眺めながら、アナスタシアは思った。

 こんな先の長くない女を、誰も買わないでしょうね、死ぬまでここにいるのでしょうね……

 先がないといえど、私が子を産めば、皇位継承権が発生する以上、売るわけはないし……


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