第58話
そして、夕方。
ボランティアの仕事も終わり、解散の時間となる。
参加者へ礼の言葉を述べているオジサンの話に耳を傾けていた時だった。
運営委員会の人がオジサンに何か知らせに来たようだ。
駆け寄ってきた人の話を聞くと、少し神妙な顔をして俺たちに話す。
「申し訳ありませんが、人手が足りないところがあるようで誰か、一時間ほど残ってくれる方はいませんか?」
それを聞いてボランティアの学生たちはざわつく。
集団の中にいる俺には、会話の内容が聞き取れる。
そのほとんどが、面倒くさい、疲れたという類のモノだ。
まあ、それは仕方ないことだ。
朝の早くからこれまであくせく働いて疲れ切っている。
直射日光に襲われながらの肉体労働は辛いものがあった。
奉仕精神の溢れる若者といえど、これ以上のおかわりは勘弁願いたいところだろう。
「じゃ、俺やりますよ」
だが、俺としては渡りに船だ。
これで、壱岐と久遠との待ち合わせに行かない理由が出来た。
嘘を吐いてバックレるより罪悪感が無い。
結局、俺以外にも2人ほど志願者が残り、残業時間へ突入した。
俺は壱岐にメッセージだけ送る。
追加の仕事で待ち合わせには間に合わないから二人で楽しめ。
そんな内容だ。
俺は返信を待つことなく仕事に戻った。
そして、約束の時間を過ぎたあたりでようやく解放される。
日も落ち始め、あたりが急速に暗くなっていた。
朝から働き詰めで割と疲れている俺は、さっさと帰って寝ようか、などと考えながらふとスマホの画面を確認した。
そこには壱岐からのメッセージが表示されていた。
何時になってもいいから来い。
短い文章だったが有無を言わさない強引さが感じられる。
俺は疲れたから帰る、と返信しようかと思ったが、とりあえず様子だけ見てから考えることにした。
待ち合わせ場所への移動はわりと大変だった。
それなりに人が集まって混雑しており、さらに多くの人が俺と同じ方向。つまり、灯篭流しが行われる川辺に向かっている。
流れに身を任せながらようやく待ち合わせ場所の近くまで来た。
俺は周囲を見回してみたが壱岐の姿は確認できない。
そこには、久遠が一人で待っていたからだ。
俺は、それを見て思わず声をかけた。
「久遠、一人か?」
俺がそう訊ねると久遠は無言で頷く。
「壱岐はどうした?」
「急用だって……」
それを聞いて俺は少しムカついた。
約束をすっぽかしたからではない。久遠を一人きりで放置していたからだ。
「電話する」
俺はスマホを取り出して壱岐の番号へ発信する。
しかし、壱岐は出ない。
諦めて電話を切った直後、その壱岐からメッセージが入る。
悪い、後は任せた。
内容は壱岐らしい短い文章ではあるが、その言い様は珍しいものだった。
俺はそれ以上追求する気が起きなかった。
まずは、目の前の事からだ。
久遠に視線を向ける。
彼女は、昼間見た時と同じラフな軽装だ。珍しい格好ではあるが、その表情はいつも通りかそれ以上に気怠そうだ。
久遠も、やはりボランティアで疲れているのだろう。
「久遠は疲れてないのか?」
「まぁ、疲れてるけど……」
「だよな。俺も結構こき使われたから」
いっそ、このまま解散するか、と言いかけてやめる。
待ち合わせ時間を過ぎて待っていた久遠の事を考えるとそれは無遠慮だと思ったからだ。
「なにか、買ってくるか?」
川沿いの道に並ぶ屋台に視線を向けながら提案する。
しかし、久遠は首を縦に振らない。
「別にいい。それより、どっかで座らない……?」
「ああ、そうだな……」
そう思い、川沿いに目を向けるが街中を流れる川の端は人が座れる場所は少なく、そこも殆どがすでに先客で埋まっている。
他によさそうな場所は無いかと見回しても、建物に阻まれて川すら見えない場所が多い。
「灯篭流しが見える場所は無理だな」
「……そう」
久遠の顔はやはり前髪に半分隠れて窺えないが、それでも落ち込んでいるがわかる。
意外と楽しみだったのだろう。
そんな風に俺たちが困っている時だった。
「あれ、君はボランティアに来てくれていた」
俺たちに話しかけてくる人がいた。
それは、運営委員会のあのオジサンだった。
「ああ、どうも」
「こんなところでどうした?」
オジサンは、俺たちを見ると何かを察したような顔をする。
「この時間じゃ、座れる場所は見つからないんじゃないか」
やはりお見通しのようだ。
オジサンは申し訳なさそうな顔をする。
「悪いね、彼女とのデートを邪魔しちゃって」
オジサンは俺がボランティアの延長で久遠との約束に遅れたと思っているようだ。
俺は、久遠をちらりと見たが彼女という単語に動揺している様子は無い。
「いや、そういうのではないんで。気にしないでください」
俺がそう言うとオジサンは少し唸りながら考える。
「そうだ。よかったらうちの店の屋上を使うと良い」
そう言ってオジサンは川沿いに建ち並ぶ建物の一つを指さす。
2階建ての建物が長屋の様に密着している。
「え、いや悪いですよ」
「いいんだって! 頑張って働いてくれたお礼だ」
そう言うとオジサンは、建ち並ぶ建物の一つに俺たちを案内する。
俺たちは連れられるままに、レトロな雰囲気漂う電気屋の店内を奥に進み階段を登る。
最上階、屋上への扉を開くと、先ほどまでの人だからり、ごみごみとしていた店内から一気に視界が広がった。
「うわぁ……」
久遠から思わず感嘆の声が漏れる。
街を照らすビルの明かり。
街灯が放つ光は、いつもなら上から注がれるが今はそれを見降ろしている。
そして、振り返って見れば地上から見るそれよりも遠くまで川の上を見渡すことができる。
「じゃあ、帰る時は勝手に出ていってくれたらいいから」
オジサンはそう言うと階段を下って行った。
俺たちは、屋上の手すりに手をつき並んで川を見下ろす。
そして、ちょうど灯篭流しが始まる。
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