第57話


 俺たちは移動しながらアキトのバカ話に耳を傾けた。

 台車を押す俺の隣を歩くアキトが真剣な表情で言う。


「今日、僕はやるよ」


 何をやるつもりだ、と聞こうと思ったが多分そんなに面白い話でない。

 それは壱岐も感じたのか、アキトの両脇に立つ俺たちからアキトの期待する反応は返ってこない。


「え、なにか聞いてくれないの?」

「そういや、三倉はどうした? 彼女ほっといて何で壱岐なんかといるんだ」

「おい、なんかって何だよ」


 壱岐の抗議は無視される。

 アキトはいつもの人懐こい笑顔、というよりどこか締まりのない笑い顔で言う。


「いやー、デートは夕方から夜なんだよね。だから壱岐くんで暇つぶしてんの」

「おい」


 今日はアキトよりも雑に扱われる壱岐に同情しつつも、とりあえずここは無視するのが面白い。


「ああ、やるってつまりあれか」


 俺がデートと言う単語で反応を示すと、アキトが嬉しそうに言う。


「そう、今日僕はミクちゃんに――」

「寝技に持ち込むのか?」

「それじゃない!」


 男が三人もいれば必然的に下ネタに走りたくなる。

 俺がそう言うとアキトが珍しくツッコミポジションとなる。

 俺がほくそ笑むとそれを見た壱岐が真剣な顔を作ってアキトに言う。


「ちゃんと準備はしてあるんだろうな?」

「あーうん、買うの恥ずかしかったけど――、じゃなくて!」

「「買ってんじゃねーか」」


 左右からの指摘にアキトは黙り込んだ。

 なんだかんだ言いつつも淡い期待を捨て切れない男の習性は理解してやるが、それ持ってるの知られるとタイミング次第では別れ話に発展しないか?


 アキトは気を取り直して言う。


「そうじゃなくて、キスだよキッス」


 少し恥ずかしそうに言う姿がかなりキモかったので率直な感想を述べる。


「言い方がキモイ」

「それな」


 壱岐が頷く。


「というか、まだだったのか」


 俺がそう指摘するとアキトはやはり恥ずかしそうに答える。


「あーうん。なかなかタイミングが……」

「童貞じゃあるまいし」

「言っとくけど僕は彼女居たことあるけどまだ童貞だからね」


 いったいこれは何の会話だ?

 アキトの童貞宣言になんの価値があるんだ?


「てか、そういうのもうやってると思ってた」


 壱岐がそう言うとアキトは照れながら答える。


「僕は真剣なんだよ。ミクちゃんに対して」


 その言葉を聞き、俺が指摘する。


「付き合うときの切っ掛けは?」

「えっとね、ミクちゃんが『アキトと一緒だと面白いね』って言ってくれたから、『なら付き合う』っていったらOKだった」

「めちゃくちゃ軽いノリじゃねーか。お前の頭並に軽いじゃねーか」


 壱岐の鋭いツッコミが炸裂するが、惚気モードのアキトには効果が無い。


「切っ掛けは些細なことかもしれないけど、この思いは本物なんだ!」

「それ何てドラマのセリフだ?」

「えっとね、月曜日にやってる――」


 俺の誘導に乗ったアキトに対して、壱岐が完全に呆れた顔をする。

 それを見たアキトは咳ばらいをする。


「ともかく、二人とも僕の勝利を祈っといて!」


 そんな事を言いながらアキトはどこかへと走り去っていった。

 あいつの言っていた時間にはまだだいぶ早いが、俺たちは特に引き止めることなくそれを見送る。


「そういや、今日は何時までなんだ?」

「17時までだ」

「結構こき使われるな」

「それな」


 すると、壱岐は少し考えるそぶりを見せてから提案する。


「なら、その後打ち上げでもするか?」


 壱岐からそういう事に誘われるのは珍しいことだった。

 せっかくなので俺は快諾する。


「なら、待ち合わせ場所は――」


 時間と場所を決める。

 待ち合わせの時間は18時となり、場所は灯篭流しが行われる川岸だ。


「なんか食うものとか買っとくから、成嶋は手ぶらでいい」

「お、悪いな」


 ふと、俺の頭に久遠の顔が浮かぶ。

 久遠も同じくボランティアに参加しているのだから、誘うべきではないだろうか。

 そう思い、壱岐に提案しようとした時だった。


「久遠も誘っとく」


 それを聞いたとき、俺は気付く。

 壱岐が久遠を誘おうと自分で言うほどに、そして久遠がボランティアに参加していることを知っているくらいに親しいことに。


 それに気付いた俺は二人の仲が進展していると確信する。


 そうか、そうだったか。


 二人の仲は順調なのだ。

 となると、俺がすべきことは決まっている。

 三人で集まった後、頃合いを見て俺がその場から消えれば二人きりだ。

 理由は何でもいい。ともかく、俺がいなくても二人は大丈夫だろう。


「じゃ、またあとでな」


 俺はそう言うと壱岐と別れて仕事に戻った。


 いっそのこと、俺は待ち合わせに行かないというのも良いな。


 なんてことを考えながらその後の作業をこなした。

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