第54話
梅雨前線はその日も使命を果たしていた。
朝から降り続く雨は放課後になってもその雨脚が弱まることは無い。
厚い雲に覆われた空の上には太陽があるはずだが、その姿を拝むことは出来ない。
薄暗い昼、灰色の空は俺の心にも雲をもたらしている。
いや、違うな。
俺の精神状態が不安定なのを天気の責任にするのは余りにも身勝手だ。
結局、これは俺が自分でやって自分で落ち込んでいるだけで、責任も自分持ちだ。
最近、自分が何をしているのかわからなくなってきた。
俺の目的は久遠の恋を成就させることだ。
そのために俺はこれまで行動してきた。
だが、現実はどうだ?
ラブコメ主人公である壱岐と久遠のイベントを潰し、二人の仲が進展するきっかけを奪ってしまった。
正妻ヒロインの双葉と壱岐を引き離す作戦も、結局はうやむやになりつつある。
さらに、三人を取り巻く人間関係は俺の存在によって漫画のそれと大きく異なってしまった。
そのせいか、もはや漫画と同じイベントの発生すら期待できない。
漫画と違う展開になることは分かってやっていることだ。なにせ、漫画通りに進むという事は久遠がそのまま負けヒロインになるという事だからだ。
だから、正規ルートから外れるのはいい。
しかし、外れた先に干渉できないのは良くない。
まだ、二人の関係は漫画と比較しても深まっているとは言えない。
二人がお互いを意識しだすまでは俺が変えてしまった責任を持たなければならない。
そのためにも、二人との関係は良好でなくてはならない。
だが、今はどうだ?
ここ最近の俺と久遠は、以前のそれとは違う。
この間のそれより少し悪化している。
原因は双葉なのはわかる。しかし、理由がいまいちハッキリとしない。
気を遣われている、と考えていいだろうか?
久遠の性格から考えると、俺と双葉の間に流れている噂を信じるとも思えないのだが……。
それでも、若干避けられているのは事実だ。
仲の良い友達から避けられるというのは、やはりキツイものがある。
というか、気分が落ちているときは何でも悪い方へ考えてしまうから良くない。
ネガティブスパイラルだ。
気分転換、と考えても外は雨だ。
何ができるわけでもない。
まぁ、だからと言ってこうして放課後の時間を教室でぼーっと過ごすのが健全とは思えない。
そんな事を考えながら俺は教室内を眺めていた。
クラスメイト達は一人帰り二人帰り、部活にバイトにとそれぞれだ。
そうして教室から活気が無くなりかけていた時だった。
「あれ、ナルくんまだ居たの?」
先に帰ったと思っていたマエが教室の入り口に姿を見せる。
俺を見つけた彼女は、こちらに向かってくる。
「ナルくん、今日バイトじゃなかった?」
俺の顔を不思議そうに眺めるマエの言葉にハッとする。
慌ててスマホの画面を見ればそこに表示されている時間は俺の予想よりも進んでいた。
「やばっ、もうこんな時間かよ!」
慌ててカバンに荷物を詰める俺を見てマエが苦笑する。
「あはは、教室出る前に言えばよかったね」
「いや、十分助かった! 今ならまだ間に合う!」
礼を言いながら立ち上がった俺は急いで扉の方へ向かう。
だが、廊下に飛び出したところで人影にぶつかる。
「っと――――! 悪い!」
間一髪で体をひねって直撃は回避したが、お互いのカバンが絡まって廊下に落としてしまう。
俺は謝罪の言葉を述べながらぶつかった相手を見た。
「壱岐か」
「壱岐か、じゃねーよ」
「いや、悪い。ホントごめん」
壱岐はあきれ顔をしながら廊下に視線を向けている。
そこにはお互いのカバンの中身が散らばっていた。
それを見た壱岐が俺に言う。
「カバンくらいちゃんと閉めろ」
「いやお前もだからなそれ」
ともかく、散らばった中身を回収する。
散らばっているのは教科書やらノート、あとはお菓子の袋などだ。
「二人とも大丈夫?」
教室内から様子を見ていたマエが扉から顔を覗かせる。
「ぶつかったけどカバンの中身をぶちまけただけだ」
「あーあ、やっちゃたねー」
マエはそう言いながらも拾うのを手伝ってくれる。
俺のカバンからばら撒かれた飴玉が廊下に散乱しているため、マエはそれを集めるためにしゃがみ込む。
「…………」
「…………」
ここで重要情報を一つ提示しておく。
マエは普段から、規定それよりスカートを短くしている。
雨で肌寒いというのに、マエはストッキングなど履かずに膝上までの白い靴下だ。
その彼女がしゃがみ込むとどうなるのか。
俺は視線を壱岐に向ける。
必然、俺たちの目が合う。
俺と壱岐はお互いに頭を抱える。そして、納得したのか同時に頷いて視線をマエとは逆に向けた。
「あれ、二人ともどうしたの?」
そんな俺たちの涙を呑むような決意を知ってか知らずかマエは無邪気に訊ねてくる。
俺たちはなるべくそちらを向かないようにして手早く散らばったモノを集める。
このままでは誘惑に負けそうになるからだ。
「あれ、この本は?」
マエは何かを見つけたのか、それを手に持つと立ち上がって中身を確認する。
「サルでも作れる基本料理」
俺の本だった。
俺が立ち上がってそれを返すように言うと、マエは面白がってさらに内容を読み進める。
「ナルくん料理の勉強してるんだー」
「良いだろ別に」
指摘されると気恥ずかしいため少しぶっきらぼうに答える。
「ふーん。あ、肉じゃがに付箋はってある」
「レパートリーが貧弱なんだよ。炒め物しか作れねぇから」
「野菜炒めとか?」
「牛、豚、鶏の野菜炒めでシフト組んでる」
「うわー、オーバーワークだね」
すると、マエは開いた本で口元を隠しながら俺の目を見る。
顔の半分が隠れているためか、表情が分からない。
「じゃあさ、アタシが教えてあげようか? 肉じゃがの作り方」
それを聞いた俺は、以前ケガをした時にマエが作ってくれたカレーを思い出した。
市販のルーを使っていたが、俺が作るそれと違ってどこか味わい深かったカレーは記憶にしっかりと残っている。
「じゃあ、お願いしようかな」
俺がそう言うとマエは、手にした料理本を閉じてこちらに差し出す。
「任せといて! おいしいの作ってあげる!」
満面の笑みを浮かべたマエから本を受け取った俺は、微笑みながら言葉を返す。
「いや、俺は作り方を教えて欲しいんだが」
「わ、わかってるし! ちょっと言い間違えただけだし!」
顔を赤くしてマエは反論する。
すると、足元から声が聞こえてくる。
「イチャつく前に拾えよ」
「い、イチャついてないから!」
あわてて拾い始めたマエに苦笑しながら俺もそれに続いた。
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