第53話
結局、その日の昼食もこれと言った会話は無かった。
まぁ、そこは仕方ないところではある。
昼食の席には双葉が居るので、俺は当然そっちの相手をする。
もはや、双葉と壱岐の間に何かが発生する様な雰囲気は感じないが、双葉は色々な意味で俺の予想を超えてくる。
ここからいきなり正妻ムーブをかましてきても俺は驚かない。
いろんな意味で油断が出来ない相手だ。
というか、俺があれだけマエからお菓子を貰っているのに、一向に体重が増えないのは双葉の相手をしているからではないだろうか?
正妻ヒロインダイエットって需要あるか? なさそうだな。
ともかく、今日は礼の約束の日だ。
なんの約束か?
「チャレンジ・ザ・セクスタプル」
駅併設の商業施設、そこへ向かう通路を歩きながら俺は呟いた。
それを俺の右隣で聞いた双葉が苦笑する。
「嬉しそうですね」
「そう見えるか?」
「はい」
俺は呆れたような顔をして言う。
「違うな。全然わかってないな双葉」
「え、そうですか?」
すると、双葉の更に右を歩くマエが元気な声で言った。
「はい! ナルくんは今、めっちゃ嬉しいと思ってる!」
「せいかーい!」
「「いぇーい!」」
双葉を挟んでマエとハイタッチする。
それを見た双葉はやはり苦笑を浮かべたままだ。
「小さな子供みたいですね」
「言われてるぞマエ」
「は? それナルくんのことだし!」
「二人共ですよ」
保護者に嗜められる子供二人があからさまにしゅんとするが、3歩進んだ頃にはいつもの調子に戻る。
そうこうしているうちに目的地に到着する。
駅ビル内の一角にあるアイスクリームチェーン店は、今日は雨で少し肌寒いこともあって客入りは少ないようだ。
しかし、天候ごときでアイスクリームを諦めるような軟弱者はここにはいない。
イマドキ女子のマエは勿論、なんだかんだ言って甘い物好きの女子である双葉。この二人は早速自分たちが食べるアイスを物色している。
「あ、期間限定だ!」
「おいしそうですね」
「双葉ちゃんは何にするの?」
「抹茶……。いえ、やはりこのほうじ茶にしようかなと」
「あ、それもアリかも!」
三人寄れば文殊の知恵。
じゃなかった、女三人寄れば姦しい。二人だけど。
俺は、身長差を活かして二人の上から眺めるようにショーケースを確認する。
定番のフレーバーも良いが、やはり期間限定という単語は魅力的だ。
しかし、名前だけでは何味か想像できないのもある。
お父さんスペシャルコラボレーションなんとかとかホント何味なわけ?
どこら辺がお父さん? お父さんは何味?
などと考えて居ると、頭の下にいるマエが俺を見上げている。
「ナルくんは何味にするの? というか、ホントに6個食べるの?」
「当たり前だ」
「当たり前なんだ!?」
マエはどうやら半信半疑だったようだ。
「このあいだも言ったが俺は真剣だ」
「真剣にふざけるんですね」
「
双葉も俺を見上げながら笑っている。
それは、マエが見ているというのにいつもの張り付けた笑顔ではない。
「まぁでも、とりあえずトリプル食べてから残りは考えるけど」
「あ、ヘタレだ」
俺がすっとぼけたようにそう言うと即座にマエが言った。
俺は不本意だというような顔を向ける。
「鳴希くん、結局大人の対応をしますね」
「あ、それが一番傷つくな」
というやり取りをしながらも俺は注文するフレーバーを決める。
「よし、決まった」
俺がそう言うと興味深々と言った様子でマエが聞いてくる。
「何にするの?」
「ほうじ茶、抹茶、小豆だ」
「おー、いつもと違う!」
マエがなるほどと呟きながら自分の注文を決めるべくアイスと向き合う。
ふと、俺は双葉に視線を向ける。
「ふふ……」
双葉は、俺のその注文に意味深な笑みを浮かべている。
まるで、私の真似ですか? と言わんばかりだ。
「決めた! マジカルナイト! ミッドナイトスター! ラブポーションフォーティワン!」
「何の呪文だよ」
「すごいネーミングセンスですね」
「言っとくけど、アタシが名前考えたわけじゃないからね!」
アホの子を慈しむ様な視線を浴びせられたマエが抗議の声を上げる。
「むー……。そう言う双葉ちゃんはどうするの?」
マエはうらめしそうな視線を双葉に向ける。
それを受けて双葉が答える。
「クッキー&クリームと、トリプルベリーですね」
無難な選択だ。トリプルだと食べ過ぎ、シングルだと物足りない。そういう乙女心が感じられるチョイスだ。
早速、俺たちは注文を済ませる。
ほどなくして商品を受け取り近くのベンチに並んで座った。
「美味い」
ほうじ茶の香りが鼻を抜け、ほどよい甘さが口に広がる。
甘すぎない甘さが沁みると、俺は日本人だなと思い知らされた。
「ねぇ、双葉ちゃん。ちょっと食べない?」
「いただきます! マエさんもどうぞ」
二人はお互いのカップを交換してそれぞれのアイスを味わっている。
マエの注文したアイスは名前もそうだが見た目もファンシーだ。
「鳴希くんはどうですか?」
そう言い名がら、双葉はアイスを掬ったスプーンを向けてくる。
双葉の表情は、屈託のない笑顔であったが目が全然笑ってない。
無垢を装った計算の行動。
この女、全く懲りてない。
俺が、どうすれば反撃できるのかと考えていた時だった。
「あ、千代ちゃんと壱岐くん」
俺は、マエの声を聞いて視線をそちらに向ける。
俺たちが座るベンチのすぐそばの曲がり角から壱岐と久遠が姿を見せた。
二人は本屋の買い物袋を提げながら並んで歩いている。
「ナルキ……!」
俺の目には、久遠がすこし驚いたように見えたが、前髪に半分隠されたそれはすぐにいつもの平然とした表情に変わる。
「よう。三人か?」
壱岐がそう訊ねるとマエがいつもの調子で肯定する。
俺は、双葉に一瞬視線を向けたが、双葉はすでに差し出していたスプーンを自分の口に放り込んでいた。
「久遠達も食べるか?」
俺がそう言いながらアイス屋を指さす。
壱岐がそちらを向いた後に隣に立つ久遠を見た。
「どうする?」
壱岐がそう訊ねるが、久遠はいつもの気怠そうな表情と声で静かに答える。
「……別にいい。寒いし……」
そして、久遠は俺たちの前を通って廊下の先へ向かう。
「あー……。また今度な」
壱岐がそう言うと先に行ってしまった久遠を追いかけていく。
俺は、残ったアイスを食べながらその後ろ姿を見送った。
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