最終章 天の川では隔てない
第52話
人生とは選択の連続である。
素晴らしい名言だ。
これを言ったイングランド人はさぞ賢明な判断力を持っているに違いない。
間違っても“腐った魚”に触れるなんて愚かな選択をするはずがない。
さて、選択には結果が伴う。
その結果は良いものもあれば、当然のように悪いものもある。
そして、結果とはすぐに出るモノでもあり、いつまで経っても出ないモノでもある。
結局、その選択が正しいのかどうか。
その結果は本当に望んだモノだったのか。
それは、終わってからでないと分からない。
では、いつが終わりなのか?
それが分かれば苦労はしない。
週が明けて数日経った。
学年中を騒がせていた噂は落ち着きつつある。
人は結局、知らせることが楽しいのであり全員の共通認識となってしまえばそれ以上は噂に尾ひれがつくことも無くなる。
ま、だからと言って好奇の視線が消えるわけではないのだが。
「
「はよー」
「成嶋くん、
上履きに履き替え下駄箱を離れた瞬間から同じ学年の女子からそう話しかけられる。
俺は挨拶を返しながら階段へ向かう。
現在、俺と
「成嶋!? 二上さんはここにはいないぞ!」
「そうだ、もう家に帰ったぞ!」
「いや、もう日本にもいないかもしれない。だからお前もさっさと消えろ!」
階段の踊り場で今度は男子生徒からご挨拶を受ける。
俺は、何か気の利いたセリフでも返してやろうかと考えたが、朝と言うこともあって頭の回転が鈍い。
仕方ないので鼻で笑ってやる。
「くそ! ちょっと頭が良くて、スポーツ万能でイケメンだからって調子に乗って!」
「いやそれちょっとじゃねーし。しかも三冠王じゃねーか」
「くそぅ、俺もイケメンでスポーツができて頭も良ければなぁ……」
最近では男子生徒たちとの仲も良好で、こうして軽いジャブを打ち合うのも慣れたものだ。
まぁ、そんな感じで賑やかな学生生活だ。
双葉との事は茶化されたりするが、もう面倒事が起きるほどではない。
マエや
結果は上々、予定通りに事は進んだ。
俺は教室に入って自分の机に落ち着く。
アキトは
俺がそれを振り返すと、そのやり取りに気付いたマエが近寄ってきた。
「おはよ、ナルくん」
「はよー」
雨の日だというのにマエの笑顔に曇りは無い。
見ているとなぜかこちらまで楽しい気分になる。
「朝から元気だな」
俺は率直な感想を述べる。
「そうでもないよー。今日は朝起きたら大変だったんだから!」
そう言うとマエは、その赤みがかった茶色の髪を右手で撫でる。
少しウェーブのかかったセミロングの髪は、見た目いつもとそう変わらないように見える。
しかし、それはいつもと変わらないように入念な手入れがされた結果と言うことだ。
「大丈夫、いつものマエだ」
「えへへー、ありがと」
そう言うとマエは嬉しそうに口元を歪める。
さらに、ポケットを漁り取り出したのは
「ビスケットだな」
「ココア味だよ」
差し出されたそれを眺めながら言う。
「朝飯食ってそんなに時間たってないんだが」
「なら食べないの?」
「食べるんだなこれが」
袋を破り、ビスケットを口に放り込む。
その様子を見ていたマエは嬉しそうにしている。
俺は、お返しとばかりにポケットからキャラメルを取り出す。
「あ、またキャラメル」
「買い過ぎたんだよ。まったく減らねぇ」
一粒取り出してマエの手の上に乗せる。
マエはそれをじっと眺めながら言った。
「アタシも飽きてきた」
「じゃあ、食べないのか?」
「食べちゃうんだねこれが」
悪戯っぽく笑ったマエがキャラメルを口にする。
やはり、嬉しそうに笑っている。
何だかんだお互いにこうしてお菓子を交換するのは、相手が嬉しそうに食べてくれるからだ。
少し前はこんな他愛のない行為もやりづらかったから、こうして居られるのはある意味では双葉のおかげかもしれない。
だが、そう言いことばかりでも無い。
朝のHR数分前の時間。それは彼女が教室に現れる時間だ。
「あ、
教室に入ってきた久遠を見つけたマエが挨拶をする。
俺も、マエの向いている方に視線を向ける。
久遠はいつもの時間に、いつもの気怠そうな雰囲気を漂わせてそこに居た。
気崩した制服、規定より少しだけ短いスカート。
両足を包む黒のストッキングは少し濡れている。
青みがかった黒髪はしっとりして肩に乗っていた。
片目を隠す髪によって表情は分かりにくい。
久遠は教室に入るといつものように後ろを通って自席に向かう。
必然的に俺の席に近付いた段階でちらりと視線を俺たちに向ける。
「……おはよ」
短い挨拶を交わすと久遠は自分の席へ着いた。
すると、隣に座る肘をついた姿勢で本を読んでいる
「今朝もだね」
「まぁ、あんなもんだろ」
最近、俺と久遠の間に会話が少ない。
原因は、まぁ双葉なわけだが。
久遠は双葉に遠慮しているのか、それとも別の理由か、俺とあまり積極的にかかわろうとしない。
無視されているわけではない。
俺から話しかければ応えてくれるし、連絡事項があれば伝えてくれる。
しかし、それは必要な会話であり、他愛のない意味の無い会話を向こうから振ってくることは無い。
まぁ元から有ったかと聞かれればそんなに無いわけだが。
だが、俺との会話が減った分は壱岐に充てられているようだ。
最近は二人で話しているところをよく見かける。
あの二人なので傍目からは盛り上がっているようには見えないが、それは漫画通りなので問題ない。
そう、問題は無い。
なのに、なぜ俺はこんなに気にしてしまうのだろうか。
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