第51話
スムージーを飲みながら俺たちはこの後の予定について話し合う。
「それで、プランは白紙になりましたけど。というより白紙にされましたけど」
少しトゲのある言い方から、双葉の調子がかなり戻ってきたことを察する。
俺は、ショッピングモールに入った時に確保していた案内マップを見せながら言う。
「どっか見てみたい店とかは?」
俺がそう言うと、双葉は少し困ったような顔をする。
「と、言われてもですね……」
双葉はマップを眺めるだけで何も思い浮かばないようだった。
そうこうしているうちにスムージーも無くなり始めた。
「仕方ない、適当にぶらつくから気になる店があったら言ってくれ」
俺たちはフードコートを後にしてモール内を歩き回る。
しかし、双葉は黙々と歩くだけで何かに興味を示そうとはしない。
他人の事は気が回るが、自分を優先するのは苦手なようだ。
このままではただのウォーキングになりかねない。
仕方ないので俺は何かないかと周囲を見回す。
すると、興味を惹かれる店を見つけた。
「双葉、すこしいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
そう言うと俺はその気になる店に向かって進む。
入り口の前に来たところで双が店名を見て言う。
「ここが、見たいんですか?」
「ああ、良いか?」
「別にいいですけど、あなたとあまり接点があるように思えないのですが」
しかし、そんな事はお構いなしで店内に入った。
ここは、何とかという料理研究家がプロデュースしているキッチン雑貨の店だ。
店内は白を基調とした明るい内装で、並べられている商品はどれも実際に使うのがもったいないような小洒落た品が多い。
俺は、並べられている鋳物フライパンを手に取って言う。
「実は結構自分で料理を作るんだ」
双葉は思い出したような顔をして言った。
「そう言えば、マエさんがそんなことを言ってました。本当だったんですね」
「どういう意味だ」
「言わなくてもわかるでしょう」
「あー、はいはい。見た目見た目」
俺は対して気にしてないような口ぶりでそう言いながら手にしたフライパンを眺める。
鉄製のそれは見た目以上に重い。
取説があるので簡単に目を通す。
「えー、なになに。肉料理がおいしく出来上がります。水洗い厳禁?」
意味が分からない。
汚れたらどうやって洗うんだ?
俺が疑問に思っていると双葉が言う。
「それは、お湯で洗うんですよ」
「お湯」
「はい。洗剤を使わずにフライパンにお湯を張ってそのまま火にかけるんです。すると、汚れが浮いてきます」
「なるほど」
「あとはお湯を捨ててそのまま空焼きして水気を飛ばし、最後に冷ましてからオイルを塗るんです」
「めんどくさいな」
「身も蓋もないことを言いますね……」
双葉は呆れた顔を見せる。
俺は面倒だと思いながらもそのままフライパンを眺める。
「スキレットはお肉がおいしく焼きあがりますよ」
「食べたことあるのか?」
「家にありますから」
ふーむ、これでステーキを焼くのは少し魅力的だ。
だが、もろもろのことを考えて俺はそれを棚に戻す。
「買わないんですか?」
「俺にはハードルが高い」
などと言うやり取りをしながら店内を回る。
俺は、他にもホーロー鍋なんかに気を取られていると、双葉が何かを見つめている事に気付いた。
「なにかあったか?」
そう訊ねながら双葉が見つめていた物を確認する。
「あ、いえ。すこし見ていただけです」
それは、レトロな感じの急須だった。
赤茶色で、昭和をイメージさせるフォルムだがどこか洒落た雰囲気を感じる。
双葉は、見ているだけと言いつつも傍から見れば興味深々といった様子だ。
「お茶が好きなのか?」
「ええ、まあ。嗜む程度です」
急須のお茶を嗜む女子高生というのは少数派ではないだろうか?
「抹茶とか点てられたりするのか?」
「一応ですが」
そう言えば、マエと双葉とクレープ屋に行ったときに双葉が食べていたのは抹茶クレープだったはずだ。
「なら、それ系の店も後で行かないとな」
「あるんですか?」
双葉はどこか嬉しそうな顔を浮かべている。
俺は頷きながら答える。
「さっきマップで見なかったか?」
「あんまりよくわからなかったので」
その後、店内を一通り見て回った後で店を後にする。
気が付けば、時計も良い時間を示していたのでひとまず昼食を摂ることにする。
俺は双葉に何か食べたいものは無いかと尋ねたが、特にないと返されてしまう。
ならばと、気になる店は無いかと聞き方を変えると双葉は一軒の店を指し示した。
「それでいいのか?」
俺は念のために確認する。
「はい、これでお願いします」
しかし、双葉に迷いは無いようだった。
俺としても不服は無いのでそこに向かうことにした。
着いた先は先ほどスムージーを買ったフードコートだ。
双葉に席を取ってもらい、注文へ向かう。
呼び出しのベルを受け取って席へ戻りしばらく待った。
出来上がりを知らせるベルが鳴ったので受け取りへ向かう。
そして、俺は運んできた品をテーブルに置いて席につく。
「いただきます」
双葉は、やはりと言うべきか両手を合わせてそう言ったので俺もそれに倣う。
「いただきます」
割り箸を割ったところで俺は口を開く。
「本当にこれで良かったのか?」
「はい、これで良かったです」
俺はテーブルに乗せられたラーメンを見ながら言った。
それは、有名料理人監修などという大層な看板などない何の変哲もないチェーン店のラーメンだ。
双葉は、スープを一口飲んだ後に麺を啜る。
何気なく耳元の髪をかき上げる仕草にドキリとする。
「もしかして、ラーメン食べたことないのか?」
双葉の家庭は、とんでもない金持ちということも無いが裕福な家庭だ。
それなりに英才教育を受けている双葉が、ラーメンを食べたことを無いと言っても驚きは少ない。
「いえ、そんなことは無いです」
「だよな」
俺は少し安堵する。
「レストランでしか食べたことはないので、新鮮ではあります」
「おーっと、そうきたか」
予想通りの範疇と判断していいと思う。
「高そうだなそのラーメン」
「3000円くらいです」
「それもう別の食べ物」
そんなことを言いながら俺たちはアツアツのラーメンをすする。
「意外とおいしいです」
「それは良かった」
「以前食べたラーメンの方がおいしいですけど」
「比べるな。勝てるわけないだろ」
そして、ラーメンを完食した俺たちは午後からもショッピングモール内を見て回る。
先ほど言っていたお茶の店にいって店員に進められて試飲をした。
食品雑貨、物産展を見て回りご当地スイーツを食べたりする。
そうして時間が過ぎていき、俺たちは駅前まで戻った。
帰る電車は一緒の方向だが、ここで解散することになる。
「それでは、お先に失礼します」
「ああ、気を付けてな」
俺はそう言うと、双葉は人混みに向けて歩き出そうとした。
その時、俺は大事なことを確認していないことに気付く。
「双葉!」
呼びかけると、双葉が不思議そうな顔で振り返った。
俺は、わずかに笑みを浮かべて訊ねる。
「楽しかったか?」
そして、双葉はどこか余裕そうな笑顔を浮かべて応える。
「はい、楽しかったです!」
俺は無言で右手を上げる。
双葉が左手を振って返すと、人混みの中に消えていった。
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