第50話


 双葉を連れてショッピングモールを歩く。

 その間、双葉は確かに黙っていたが、無言ながらも雄弁に語りかけてくる。


 不服そうな表情を浮かべ、訴えるような視線を浴びせられる。

 しかし、俺は気にせず進む。


 着いた先はフードコートだ。

 以前ここでタピオカミルクティーを購入したことがある。

 他にも、たこ焼きやハンバーガーなどの店があるが時間帯的に人はそれほど多くない。

 だが、目当てのタピオカミルクティーは流石に行列になっていた。


「仕方ない……」


 俺は、フードコートを見回してその中から一軒を選んだ。

 そこは、カウンターの上にミキサーが何台も並べられ、ショーケースに色とりどりのフルーツと野菜が彩られたスムージーの専門店だ。

 今まさに並んでいた客が商品を受け取り、待っている人は居なくなった。


「いらっしゃいませ!」


 カウンターの前に立つと女性店員のハキハキとした挨拶が聞こえてくる。

 俺は、メニュー表を見て自分の注文を決める。


「すみません、このパイナップルを1つ」

「はい、ありがとうございます!」


 店員は笑顔で応えると今度は俺の斜め後ろに立つ双葉に視線を向けた。


「双葉、どれにする?」


 双葉は俺から何の説明を受けないままで戸惑っていたが、促されるとメニューを見て少し考える。

 そして、悩んだ末に双葉が言う。


「では、この野菜――」

「あ、このトリプルベリースペシャルでお願いします」


 双葉が言い切る前に俺が遮った。

 野菜スムージーよりもはるかに値段の高いそれは、なんなら俺のパイナップルよりも高価だ。

 店員さんは少し苦笑しながらも、手際よく注文の品を作り始める。


 双葉は、やはり何かを訴える様な視線を向けてくるがここは無視する。


 すると、双葉は俺の事よりも手際よくフルーツを用意する店員の作業に目を奪われ始めた。

 冷凍庫からカットフルーツを取り出し、ミキサーでかき混ぜる。三種類のベリーの色が合わさって鮮やかなスムージーが作りだされる。


「はい、お待たせしました」


 店員は出来上がったスムージー二つを同時に差し出してくる。


「双葉、受け取ってくれ」


 そう言われた双葉が両手に一つずつ持つ。そして、俺は財布を取りだして清算をしようとすると、双葉が言う。


「あ、待ってください! 自分の分は払います!」


 俺は何も言わずに店員に二つ分の代金を払う。

 店員は双葉を一瞬見た後に笑顔でそれを受け取った。

 双葉はなんとか財布を取りだそうと自分のカバンを見るが、両手がふさがっているため何も出来なかった。


「ありがとうございましたー」


 双葉はやはり不服そうな顔をしているが、お構いなしに空いている席に腰を落ち着ける。

 双葉も黙って向かい合うように座った。


「……どうぞ」


 双葉は俺の分のスムージーを差し出した。

 俺はそれを礼を言って受け取ると、ストローに口を付ける。


 パイナップルの甘みと僅かな酸味、シャリシャリとした触感が口に広がる。


「……いただきます」


 双葉も俺が飲むのを待って自分の分を口にする。

 飲み込んだ瞬間、仏頂面に花が咲いたのがわかる。


「美味いか?」


 俺がそう聞くと、双葉は少し恥ずかしそうに頷いた。


「野菜よりそっちのが絶対良いだろ」


 やはり、黙って頷く。

 俺は一息落ち着いてから言葉を発する。


「双葉、悪かった」


 俺がそう言うと、双葉はストローから口を離して言う。


「……それは、何に対する謝罪ですか?」


 俺は、真剣な表情を浮かべて応える。


「お前のデートプランを却下した事、お前にデートプランを全部任せきりにしてしまった事。あと野菜スムージーの方が飲みたかったならそれもゴメン」


 双葉はため息を吐くと自嘲的な笑みを浮かべる。


「いえ、いいんです。私のプランでは楽しくないのでしょう?」


 俺は、双葉の瞳を見つめながら言う。


「それは、お前もだろ」


 双葉はその指摘を受けて目線を机に向けて黙り込む。


「お前のプランは、俺はどうでもいいとしても、自分が楽しめるようなモノじゃない。それならデートする意味がない」


 そう言うと双葉は、顔を上げて反論する。


「ですが、私は真剣に――――」

「そうだ。お前は真剣にプランを考えてくれた。ありがとな」


 双葉の言葉を遮ってそう言った。


「どうしてそう思えるんですか? まだ、ほとんど何もしていないし、行ってもいないのに」


 俺はその問いに対して、俺の感じたすべてを話す。


「まず、書道展だが、こういう不定期開催のイベントは調べないと分からない。たまたま知った可能性もあるが、お前はさっき書道関係に知り合いは居ないと言ったからそれも無い」


 双葉は黙って俺の言葉に耳を傾けている。


「昼食を食べようとしていた店は、女子高生が普段利用するような店ではない。なら、家族でとも考えるが、家族連れで利用する店でも無いみたいだな」


 俺はスマホで店の口コミの画面を表示して見せた。


「神社仏閣もそうだ。わざわざこんな離れたところの寺の檀家という訳でも無いだろうし、神社だって有名な祭りが開催されるようなところでもない」


 俺は、一拍置いて言葉を続ける。


「結局、どれもこれも調べないと出てこないような場所だ。知ってたから行くんじゃ無く、こういうところに行きたいと決めてから調べたんだろ。一生懸命、考えてくれたんだろ?」


 双葉が頷く。


「それなのに俺は、どういうところに行きたいとか、何が好きで興味があるとか、そんな簡単なことを何も伝えてなかった」


 双葉が深く頷く。


「だから、ゴメン」


 俺は机に額が付くくらい深く頭を下げた。

 すると、双葉が言う。


「もういいです。頭を上げてください」


 俺が顔を上げると双葉は笑っていた。


「それだけ分かってくださっているなら、私も頑張った甲斐がありました」

「ゴメン」

「もう。謝らないでください!」


 そして、双葉がスムージーを一口飲みこむと言う。


「でも、野菜スムージーはやっぱり気になりました」

「買ってくるか?」

「そんなに飲んだらお腹いっぱいになります!」


 双葉は、いつもの張り付けた笑顔では無く、素に近いそれを見せている。


「それに、この味も好きですから」


 俺は改めて座り直すと自分のスムージーに口を付ける。


 うん、甘い。

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