第49話


 双葉に連れられて例のショッピングモール内に入る。

 映画館も併設された大型複合施設は休日ということもあって盛況だ。

 もっとも、大型連休ほどの人混みではないため、それほど大変という訳でも無い。


「まずは、どこへ行くんだ?」


 俺はそう問いかけながら、いくつかの可能性を考える。

 映画、ウィンドウショッピング、物産展、ペットショップなんかも盛り上がりそうだが。


 そして双葉は自信満々といった様子で答える。


「ふふ、知的で高尚な場所にお連れします。私の完璧なプランに驚いてください」


 そう堂々と答えられた俺は急激に不安になってきた。

 思えば、双葉が恋愛に関する知識を恋愛漫画から収集していたくらいにはズレている。

 そんな双葉が完璧と言うからには、完璧に間違っているに違いない。


 いやでも、恋愛漫画にのっているデートスポットなら、そうおかしなことも無いだろう。

 いくら漫画でも、一般常識とかけ離れている描写をしてはリアリティに欠ける。

 うん、いい方に考えておこう。


 そう結論付けた俺は、連れられるがままにエスカレーターで二階フロアへ上がり、施設内を進む。

 そして、たどり着いた先はフロアの一角にあるイベントホールだった。


 なるほど、こういった施設では定期的に絵画などの芸術作品の展示会や販売会などを催している。

 それは、確かに双葉の定義するところの知的で高尚な場所に値する。

 さらに、美術館などの本格的な場所よりも、こういったところの方が心理的なハードルも低く、俺たちの様な若者でも気軽に入ることができる。


 そこまで考えていたとは。

 流石だな、ラブコメの正妻ヒロインの名は伊達ではないという事か。


「さ、行きましょう」


 思わず立ち止っていた俺に促すように双葉が言う。

 俺はその横に並んでイベントホールの受付に向かう。


 受付では、入場料は特に設けられてなく署名のみ求められた。

 俺は、特に何も考えずにそのまま署名する。


 そして、俺たちはホール内に足を踏み入れた。


「おー……、ん?」


 俺は視界に飛び込んできた会場の様子に面食らってしまう。

 そこに広がる光景には、独創的な彫刻も、色鮮やかな絵画などどこにもなく、床と天井以外で確認できる色は白と黒だけだった。


「双葉、なにこれ?」

「見てわかりませんか?」

「あー、うん。一応、口にしてみて」


 双葉は俺の言っていることの意味が良く分からなという様子ではあったが、要望には応えてくれた。


「書道展です」


 そこに広がっているのは、立派な額に収められていたり、大きな掛け軸の様なモノに書かれている様々な書道作品である。


「知的だな……」

「高尚です」


 どうだ、と言わんばかりに薄い胸を張る双葉に、俺は掛ける言葉が無かった。

 とりあえず、連れられるままに作品の前に立つ。


「あー、うん」


 ヤバい。感想とかなんも思い浮かばねぇ。

 絵画とかだったらよっぽどの前衛芸術でもない限り、色がどうとかそれっぽい感想も浮かんでくるかもだが……これに関しては何も思い浮かばない。

 そもそも、なんて書いてあるんだこれ? 字なのかこれは?


 俺は、作品の横に貼ってある解説に目を向ける。


 うん、解説も読めない。

 これはあれだ。知的で高尚って感じだ。


 俺は、隣にいるのが双葉では無くもしも作者だったらと想像するだけで身もだえがする。


「さ、次はあっちに」


 次に双葉が示したのは大きな掛け軸に書かれた作品だった。

 しかし、相変わらずなんて書いてあるか読めない。


「どうですか?」


 なのに、双葉はそんな事はお構いなしに感想を求めてきた。

 俺は、ここ一週間で一番と言っていいくらい頭をフル回転させて感想を絞り出す。


「知り難きこと陰の如くって感じだな」

「は、何言ってるんですか?」


 沈黙。徐かなること林の如し。


「動くこと雷霆の如し」

「いえ、風林火山のマイナーな解説では無く」


 話題。動かざること山の如し。


 俺はいたたまれなくて顔を背ける。

 すると、双葉はこの場を後にして次の作品へ向かう。

 俺は慌ててそれを追いかけた。


 その次の作品は額縁に収められ、なにやら長々と文章が書かれていたが相変わらず意味は分からない。

 多分、知的で高尚なことが書いてあるんだろう。


「双葉」


 俺は頭に沸いた疑問を口にする


「お前、書道とかやってたのか?」

「小学生のときに嗜む程度に」

「なら、これ読めるのか?」

「いえ、全く」


 恥じることなく堂々と言い放つ双葉。

 俺は少し嫌な予感がしてきた。


「知ってる人の作品とかあるのか?」

「いえ、書道関係に知り合いは居ませんね」


 俺は、核心の質問をぶつける。


「なんでここを選んだ?」

「雑誌に載っていたデートプランを参考にしました」


 その雑誌、多分若者向けじゃなくて五、六十代向けの雑誌じゃないだろうか。多分、気難しいエリートタイプの父親が読むような雑誌だ。

 そして俺は一番重要なことを聞いた。


「楽しいか?」


 双葉はこちらを向くと、俺の目を見ながら言う。


「あまり」


 俺は、一度ため息を吐きだすと双葉の手を握る。


「い、いきなりなんですか!?」

「ちょっと来い」


 周りに気を使って小声にはなっているが、驚いた声を上げる双葉。

 俺はそのまま手を引いて出口に向けて歩きだす。


 会場の外へ出たところで双葉が俺の手を振りほどいた。


「あ、あんなところでいきなり手を握るなんて!」


 しかし、俺は気にせず自分の用事を伝える。


「双葉。お前のことだからデートプランをメモってるだろ。見せてみろ」


 俺がそう言うと双葉はしぶしぶと言った様子でバックから手帳を取り出した。

 およそ、女子高生が持つには質素ではあるが堅実な手帳に書かれているそれを見て、俺はまたため息を吐く。


 午前中、書道展。

 昼食、有名蕎麦屋。

 午後、神社仏閣巡り。


 どこの熟年夫婦の旅行計画だよ。

 知的で高尚の方向性が尖りすぎだ。


「双葉、お前ソバ好きなのか?」

「普通ですね」

「神社とか仏閣は?」

「興味はありますが……」


 俺は、ほんの一瞬だけ目を閉じて思考に集中する。

 そして、出した答えを口に出す。


「双葉、何も言わずに俺に付いて来い」


 俺は自分の失敗に気付いた。

 双葉にデートプランを考えさせたことに、そして双葉にデートプランを任せきりにしてしまったことに。

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