第48話
それからしばらくは二上に振り回される日々が続いた。
やはりというか、二上は恋愛における感情の機微というモノをわかっておらず、時々とんでもないことをぶちかまそうとするのでそのたびに俺がフォローするハメになる。
もっとも、本人に悪気はなく一生懸命にやっているという事は十分伝わってきた。
問題はそこで、本人が至って真面目に取り組んでいることもあって俺も無下には出来ないのだ。
しかし、そのせいかここ最近は生活のリズムが少しズレてしまった。
以前はほぼ確実にスーパーに行けば久遠に遭遇していたが、ここしばらくはそれも無い。
学校でも二上の相手をするせいでもともと多かった訳でも無い会話が更に少なくなった。
その分、壱岐との仲は進展しているだろうが、あまり様子を窺えないのは少し問題だ。
ともかく、今日は休日。二上と約束していたデートの日だ。
共犯関係とは言え、そんな日に別人の事を考えるのは不誠実だろう。
俺は、二上との待ち合わせ場所に早目に着くように家を出る。
向かうのは電車で何駅か通過したところ、以前にマエやアキト、三倉と行ったショッピングモールが近くにある駅だ。
駅を出てすぐ、大きな時計がある広場が待ち合わせ場所だ。
休日ということもあって多くの人で賑わっているが、ぱっと見ただけでもカップルが多いように見える。
道行く人を眺めがら歩いていると、待ち合わせ場所で二上がすでに待っていることに気付いた。
「二上、早いな」
俺がそう声をかけると二上は少し恨めしそうな視線を向けてくる。
「遅いですよ、私をどれだけ待たせるんですか?」
普通のカップルならここで素直に謝るか、なにか気の利いたセリフや赤面するような恥ずかしい事を言うべきなのだろうが、俺たちはそう言うのとは違う。
だから、俺は至極当然の指摘をする。
「マジか、ちなみにどれくらい待った?」
「20分くらいです」
「そうか、ちなみに今は待ち合わせの20分前なんだが」
二上は黙り込んでしまった。
器量も良くて頭も回る二上が、時々見せるこういうところがポンコツで可愛らしい。
「ま、まぁ。待ち合わせよりも早く来て待とうとしていたその心意気は評価してあげます」
「なんでお前に評価されないといけねーんだ」
「す、素直に喜んでください!」
なんとか自分のペースに持ち込もうとする二上に俺は冷静なツッコミをいれる。
二上からいつもの余裕で落ち着いた雰囲気は感じられない。
「ところで、他に言うことは無いんですか?」
そう言うと二上は、薄い胸を張って堂々と俺に向き合う。
俺はその姿をまじまじと観察する。
整えられた栗色のショートヘア、メイクの必要のない瑞々しい肌は触れる事が憚れるくらいに輝いて見えた
飾り気の少ない白いワンピースは着る人間の素材の良さを存分に活かして、その存在感を放っている。
俺は、率直な感想を口にする。
「似合ってる」
二上は当然ですと言いたげな得意げな顔をする。その余裕そうな顔を見ると負けた気がする。
なので俺は少し余計なことを言ってみる。
「個人的には、もっと足のラインを強調した服装だと――――」
「往来で何を言ってるんですか!?」
顔を赤くした二上が余裕のない表情で言った。
俺はその顔が見れて満足したのでそれ以上は何も言わなかった。
「まったく、信じられません。それが女性に対する態度ですか」
「待ち合わせ時間の40分前に来るせっかちに言われてもな」
二上が俺を睨む。別に怖くない。
最近では、二上のことをそれなりに理解してきたようでマジの時の怒り方は解っている。
「今日は私がエスコートしますので、万が一にも遅れるわけにはいきませんから」
俺は二上のそういう真面目で、他人に対して誠実な姿勢を気に入っている。
それは、学校で見せる完璧美少女、優等生のイメージを守るための行為だけでなく、こうして素に近い時でも二上は見せている。
なら、俺もそれには誠実に答えるべきだ。
「ありがとな」
俺が真面目な顔でそう言うと、二上は驚いたような顔をする。
「なんですかいきなり? そんなに素直だと逆に落ち着きません」
しかし、本人にそう言われるとふざけない訳にはいかない。
先日、二上に見せてもらった彼女の資料、すなわち恋愛漫画の1シーンを思い出しながら声色を作る。
『そんなに俺とのデートが楽しみだったのか?』
「は、何言ってるんですか?」
気まずい沈黙が流れる。
すると、俺たちはほぼ同時に笑い出した。
「くっふふ……。あなたが言うと何でしょうか――、見た目は言ってもおかしくないはずなのに、実際に聞くとすごく恥ずかしいですね!」
「言っとくけど俺はその百倍恥ずかしいからな」
「ならやらなければいいでしょう?」
「和ませたんだよ空気を」
そうして落ち着いた俺たちは早速、二上のデートプランにしたがってショッピングモールへ向かうことにした。
歩き始めようとしたその時だった。
「あ、そうでした。忘れてました」
二上はそう言うとその場に立ち止った。
俺は、何事かと思いながら二上の方を向く。
すると、二上は学校で見せるそれとは少し違う笑顔を作りながら言った。
「あなたも、良く似合ってますよ。鳴希くん」
二上のそれは作り笑顔だ。それくらい、ここしばらく二上の素に近い顔を見てきた俺にはわかる。
だとしても、普段の作り笑顔とは異なるそれは新鮮で、確かに眩しかった。
俺は平然とした顔を装いながら、なるべく落ち着いた調子で言葉に出す。
「お前は得だな、二上」
だが、俺の努力は無駄だった。
「双葉と、呼ぶ約束ですよ」
今度こそ、俺の表情は崩れ去った。
双葉は勝ち誇った顔を見せると、俺の横をすり抜けて先に向かう。
俺は、顔の表情を急いで戻してからその後を追った。
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