第47話


 昼食中も俺に安寧など無かった。


 俺には二上との契約を果たす義務があり、同時に壱岐と二上を接近させないという使命があった。

 必然、二人の間に接点を作らないために俺は二上の相手をし続ける。


 だが、おかげで昼食中のテーブルにはいつもの様な気楽さは無く、どこか居心地が悪いようにも思えた。


 ようやく解放された俺は二上との約束の場所へ向かう。

 すでに二上は先に向かっており、俺が時間をずらして後から追いかける形だ。


 場所は特別棟の屋上への階段最上階。

 今日は雨が降っており、屋上を利用する者はいない。それでも念のために教室棟では無く特別棟まで来た。


 薄暗く、雨のせいかジメッとした空気の流れる階段を登ると、俺の到着を待っている二上の姿があった。


「待たせたな」


 俺がそう言うと、二上はいつもの纏った笑顔では無く、素に近い不機嫌そうな顔で答える。


「いいえ、それほど待っていませんので」

「なら何で機嫌悪そうなんだ?」

「別に悪くも無いです」


 俺はそれ以上は言及するのはやめた。


「それで、わざわざ呼び出した理由は何ですか?」


二上は、やはり不機嫌そうである。


「午前中のお前の行動についてなんだが」

「バッチリでしたね。さすが私です」


 えへんとでも言いたげに薄い胸を張る二上だが、俺の視線は冷ややかだった。


「いやもう、ホントお前ポンコツな」

「ポ、ポンコツって何ですか!?」


 心外だと言わんばかりに俺に詰め寄って来る二上だったが、そこに昨日ほどの迫力は無い。


「あれはやり過ぎ。どう考えてもやり過ぎ。それにも気付いてないのがマジでポンコツ」

「あ、また言いましたね!」


 二上は人差し指で俺の口を指す。

 そうだよ、この口が言ったんだよ。まだまだ言うから覚悟しとけ。


「あれじゃまるで付き合いたてのカップル見たいだろ。何を思ってあんな事したんだ?」


 俺が頭を右手で掻きながら言うと、二上は頬に触れながら首を傾げる。


「おかしいですね。資料に載っている通りに、付き合う寸前の二人の行動を模倣したのですが」


 俺は気になる単語を発見した。


「その資料ってなんだ?」

「はい、恋愛漫画です」


 二上はあっさりと言い放った。

 それを聞いて俺は少し頭が痛くなってくる。


「恋愛漫画に書いてあることを現実に当てはめて上手くいく筈がないだろ!」


 俺はそう言いながら思った。

 あれ、なんで自分で言いながら自分もショック受けてるんだろ……。


「そ、そんな事は解ってます! ちょっと参考にしただけです!」


 いやもう完全にトレースしてただろ。

 そう言いたかったが、あんまりイジメると後から面倒なのでこれくらいにしておく。


「ともかく、もう少し加減しろ」

「わ、解りました……」


 二上としても、多少は恥ずかしい思いをしたようで割とあっさりと承諾した。


「それと、放課後一緒に帰るのは無しだ」

「そう……ですね。今のお話ですとそうなりますね……」


 二上は勉強も出来て地頭も良いので理解すれば話が早い。

 問題は恋愛方面がやはり壊滅的なので改善まで時間がかかることだ。


 二上は俺の指摘を受けてどうも落ち込んでいるように見えた。

 基本的になんでもできるだけあって、あまり失敗というモノに慣れていないのかも知れない。


「まぁ、やり過ぎなのはやり過ぎだったが、十分挽回できる」


 俺の言葉に二上はピクリと反応する。


「これで放課後は全く接触しなければ、みんなも『あんなに仲良さそうだったのに、放課後は一緒じゃないのね。やっぱり、二人は付き合う寸前で頑張ってるんだわ』くらいに思うだろう」


 俺がそう慰めると二上はようやく笑顔を浮かべて言う。


「そうですよね! 結果オーライですよね! でもその女声はどうかと思いますけど」

「ぶち転がすぞポンコツ女」

「あ、またポンコツって言いましたね!」


 やはりこの女、恋愛方面やテンパると少し知能指数が下がる。

 漫画でもその片鱗は見せていたが、ここまでじゃなかったはず。


 落ち込んでは無くなったが、また不服そうな顔を浮かべている。

 俺はいい加減帰りたくなったが、本題が残っている。


「それで、一つ提案なんだが」

「……なんでしょうか?」


 二上は疑うような視線を向けてくる。

 俺は、少し真面目なトーンで言葉を発する。


「マエには本当のことを言わないか?」


 それを聞いた二上の雰囲気がガラッと変わった。

 その様子は昨日の放課後を彷彿とさせる。


「誤解無いように言っておくが、もちろん秘密は守る。マエには俺たちがみんなを欺くために協力していることだけ伝える」


 それを聞いた二上は幾分か落ち着いたようだった。


「そういうことですか。ですが、なぜマエさんにそれを伝える必要があるのですか?」


 口調は落ち着いているが、やはり警戒しているように見える。


「俺たち以外にも協力者がいたほうが都合が良い。マエなら口も堅いし、交友関係も広くて気が回るからフォローもしてくれる」


 それを聞いた二上は少し考える素振りを見せると小声でなるほどと言った。


「ですが、やはり可能な限り二人でやりましょう。その上でどうしてもマエさんの協力が必要ならあなたの判断で伝えてくださって構いません」


 二上の提案は妥当なところだった。

 俺は合意の意志を示すために頷く。


 これで、俺の要件はすべて終わった。

 俺が解散の提案をしようとした時だった。


「ところで、来週の土日ですが予定はありますか?」


 二上は僅かに笑みを浮かべながらそう言った。

 それを聞いてくる意図がわからなかったが俺は素直に答える。


「日曜はバイトだが、土曜は空いている」


 すると、二上は胸の前で手を叩きながら言う。


「では、デートしましょう」


 俺は、その意味が良く分からなかった。


「は?」

「ですから、デートです」


 俺は数分前の会話をこのポンコツがすでに忘れているのではないかと考えたが、学年でもトップクラスの学業成績の二上がそんなはずはないことに気付く。


「それは、どういう理由で?」

「何言ってるんですか? 理由なんて一つでしょう」


 あれ、俺が悪いのか?

 そんな事を考えてしまったが、ここは大人の対応をしよう。


「悪いが、詳しく説明してくれ」

「仕方ないですね」


 やれやれこれだからおバカさんは、とでも言いたげな二上の表情を見て、一瞬拳を握りかけたがすぐに抑えた。


「基本的には、放課後は別々に過ごすことには賛成ですが、週末も別ではやはり怪しまれます」


 二上の言っていることには一理あった。


「ですから、デートです。そうすれば、疑われた時にも堂々と答えることができます」


 いや、堂々としちゃ意味ないんだけどな。


「だが、それなら別に口裏を合わせておけばいいだけで本当にデートする必要は無いだろ」


 俺の指摘に二上はそんな事当然考えてあると言いたげな顔を見せる。

 割とムカつく。


「確かにそうかもしれません。ですが、どこかで齟齬が発生した時にばれてしまいます。ここはやはり一度くらいは実践しておくのが良いのではないかと」


 確かに、このポンコツがとんでもないことを口走る可能性は大いにある。

 本人にそう言ったら面倒くさい反応が返ってくるから黙っておくが。


「おーけー。ならそうしよう」


 俺がそう言うと二上は満足そうに笑った。

 そして、得意げな顔で言い放つ。


「では、プランは私が考えておきますので」


 俺はとんでもなく不安に思ったが、やはり指摘すると面倒なので放っておくことにした。


 その後、簡単な伝達事項を済ませて俺たちは別々にその場を後にした。

 やはり二上が先で俺が後だった。

 教室へ戻るために階段を下りていくと、途中で見知った顔に遭遇する。


「久遠、何やってんだ?」


 人気のない特別棟の階段そばに久遠は居た。

 俺はその姿を見かけると同時に声を掛ける。


「ナルキこそ……、どこ行ってたの?」


 久遠は、いつもよりもどこか覇気のない声でそう言う。

 俺は咄嗟の質問に焦ったが、なるべく平静を装って答える。


「――――トイレだ」


 久遠の表情は、やはり前髪で片目が隠れているうえに変化に乏しいので解りにくいが、どこか疑っているように見えた。


「こんなところで?」

「静かで落ち着く」


 今できるベストの返答だったと思う。

 久遠は俺の目をじっと見つめて何かを言おうとする。


「もし――――、…………何でもない」


 しかし、言いかけたところでやめてしまい、そのまま教室棟の方へ向かってしまう。

 俺は、少し安堵すると久遠を負いかけて廊下を駆けだした。

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