第40話
アキトのおかげでえらい目にあった。
次の休み時間の時に少女漫画を携えたクラスの女子が、漫画内のシーン再現を要求してきたのだ。
一人につき1回だけやってやったが、俺の羞恥心は超過駆動するはめになる。
最終的にはアキトが仕切り始めて新手の商売みたいなことになった。
一番困ったのは壱岐と二人でBL本の再現をさせられたことだが、この件はもう思い出さない。
ともかく、真面目にふざけたことをやった結果、クラス内での俺と俺を取り巻く三人の印象は改善されたようだ。
ケガの功名としておこう。
断じて、アキトの手柄ではない。
という訳で、昼休みだ。
いつもなら、学校で一番楽しい時間ではあるのだが今日ばかりはそうもいかない。
これ以上の状況悪化を避けるために慎重に行動しないといけない。
「学食、行くぞ」
今日、誘ったのはアキト、壱岐そして久遠。
マエは三倉と、二上は友達と一緒するようだ。
久遠に変わった様子は特にない。
いつも通りのマイペース。眠そうに微睡んだような目をしながら本を読んだり、イヤホンで音楽を聞いていたりしていた。
「壱岐」
学食までの移動中、俺は前を歩く壱岐に話しかけた。
壱岐は俺をちらりと見ると俺の隣に並んで歩調を合わせた。
「どうした?」
「久遠のことだが、午前中はいつも通りだったよな?」
「お前がそう思うならそうなんだろ」
「どういう意味だ?」
「……いや何でもない」
要領を得ない返事だが、何も言わないという事は特に何事も無かったという事だろう。
「それで、聞きたいのはそれだけか?」
相変わらずの不愛想な表情で壱岐は俺を見ている。
「いや、頼みがある」
「なんだよ」
俺は、なるべくいつもの調子を保って言葉を紡ぎだした。
「久遠に何かあった時は頼む」
「は? なんだよそれ」
俺は、言葉を吐き出した瞬間にわずかに高鳴った心臓を抑え込みながら言葉を続ける。
「いやさ、今はまだ何事も無いが。出る杭は打たれるなんて言うだろ? もしかしたら、そういう事があるかも知れない」
目立つ人間はそれだけで恨まれる事がある。
普段の二上双葉がそうであるように、今回の件は可能性としてはイジメなんかに発展する事も無いとは言えない。
もしそんな事があれば俺は全力で阻止する。
それは、久遠にしてもマエにしても二上に対してもだ。
しかし、できることなら久遠がそういう事態になった時に壱岐が手を差し伸べてやってくれるのが良い。
ピンチはチャンスともいうからな。
二人の仲が進展するきっかけになる。
ああ、くそ。
考えているだけで胸糞悪くなるな。
別にそういうイジメとかそんな事態になってほしい訳ではない。
けど、そうなったときのことを考えて打算的に行動しようとする自分が嫌になる。
ホント最悪だ。
それでも、俺は久遠に幸せになってほしい。
だから、多少の良心の呵責には耐えなければならない。
「お前はそれでいいのか?」
だから、壱岐のその言葉に俺はドキリとした。
見透かされている、訳ではない。
他人の心の中なんて読めるわけがない。想像できるだけの情報は漏らしてない。
なら、たまたまだ。
「何が?」
俺は平然とした顔を壱岐に見せる。
壱岐は少し黙った後に答えた。
「いや――――。わかった、そんなことにならないよう気を付けておく。けど、お前も――」
「わかってる。別に何もしないとは言ってないだろ」
すると、壱岐は納得したのかそのまま何も言わずに黙々と歩き続けた。
そして、その後はいつも通りに昼食を食べた。
会話も普段と変わりない。ただ、時々視線を感じたが何かが起きたわけでもない。
そして、学食を出て教室に戻る途中、アキトにそれとなく呼び出されたので人通りの少ない特別棟の階段踊り場まで向かった。
「ここまで連れてきたってことは、真面目な話だな」
周りに人がいないことを確認して口を開いた。
アキトは、いつもの人懐こそうな笑顔ではあったが声色はいつもと違う。
「さすがだね、話が早い」
「で、なんかあったか?」
アキトは少し息を吐いて自身を落ち着かせると話し始めた。
「僕とミクちゃんの集めた情報をちょっと整理したくてね」
「どんな話だ?」
「いや、僕が聞いた感じだとクラス内は大分落ち着いたみたい。午前中のあれが効いたね」
やはり、シリアスな時はバカな真似をするのが効果的か。
いや、あの噂をシリアスに分類するのは納得いかない。下種の勘繰り、他人の醜聞を娯楽にするよりも面白いことをしたから興味が移ったと考えるべきか。
「ただ、ミクちゃん情報によると他のクラスは相変わらず、というか噂はどんどん広まってる」
「そっちはどうしようもないな……」
「校内放送でさっきのアレやってみる?」
「冗談じゃない。なんで全校生徒の前で恥をかかなきゃならねーんだ」
俺の言葉にアキトも流石に苦笑する。
「そんな事で校内放送私物化したらメチャクチャ怒られるね」
「だったら提案するな」
「いやー、ミクちゃんあれじゃん。コネあるじゃん」
こいつは自分の彼女に何の片棒を担がせようとしてるんだよ。
「で、話はそれだけか?」
「いや、あとはマエちゃんだね」
俺は少し気が重くなった。
マエとは今朝から一言も話をしていない。
「ミクちゃんから伝言。話しかけ辛いのは照れてるだけだからもう少し待って、だってさ」
「本当だな?」
俺が間髪入れずに確認するとアキトは苦笑しながら言う。
「予想通りの反応だ。マジだから心配すんな、だって」
俺ってそんなにわかりやすい人間なのか?
心配事が一つ減って一つ増えた。それでも、マエの問題より自分の問題の方が気楽でいい。
そんな事を思いながら俺たちは教室に戻った。
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