第七章 乙女の秘密は晒せない
第38話
週明け。
人間、大抵のことには慣れてくるものであの一件以来、学年中から注目を浴びていた俺だったが、最近ではそれにも動じなくなっていた。
男子生徒たちから浴びせられる罵詈雑言にも軽口で返して見せたり、遠巻きに楽しそうに俺の話題で盛り上がっている女子をからかって見せたりした。
特殊な環境下で俺のコミュニケーション能力は向上していった。
そんなわけで、先週末なんかは檻の中のパンダ扱いから、ふれあい体験のイルカくらいの距離感を築けている。
今日も今日とて、人気が落ち着くまでそれなりに愛想を振りまいて大人しくしよう。
そんなことを考えながら校門を通過すると、周囲に漂う雰囲気に異様なものを感じた。
「…………?」
俺を見る周囲の目が、先週のそれと違っている。
縮めた距離が再び開き、遠巻きのひそひそ声で話をしている。
それに、好奇、羨望の視線以外のモノも感じる。
俺は、その正体を考えながら校舎内に入る。
そこも、外と様子は変わらなかった。
「ナル君」
その中に一人、俺の名前を呼ぶやつがいた。アキトだ。
「アキト、どうした?」
アキトに普段の気さくで人懐こい笑顔は無く、いつになく真剣な表情を浮かべている。
「ちょっといい? 話がある」
その神妙な面持ちからただ事ではない何かを感じた俺は黙って頷くとアキトの後ろをついて行く。
アキトが俺を連れだしたのは特別棟へ続く人通りの少ない渡り廊下だった。
「ナル君、マズいことになってる」
周りに人が居ないことを確認してアキトが口を開く。
「何があった?」
登校したばかりの俺にはそれを察するだけの情報が欠けている。なら、単刀直入に聞く。
「良くない噂が流れてる」
「俺のか?」
「半分正解。いや、四分の一だけ正解」
つまり、他に三人関わっているって事か。
「昨日の夜、ミクちゃんから連絡があって早めに登校して調べてみたんだけど」
アキトはそこで一瞬黙り込んで言葉を続けた。
「ナル君、二上さんと付き合ってることになってるよ」
「はぁっ!?」
思わず驚きの声を上げてしまう。俺の声は静まり返った廊下に響き渡りアキトは少し顔を顰める。
「あと、久遠さんとマエちゃんとも。合計三股」
「冗談だろ……?」
「ま、それが本当なら夢みたいな状況だけどね」
ようやくアキトは少しだけ笑った。
「なんでそんな噂が?」
「心当たりは?」
アキトの指摘を受けて俺は記憶を漁る。
「……あれか?」
「それだよ」
思い当たる節は確かにある。しかし、それだけでこんなうわさが流れることになるのか?
俺は疑問に思い考え込むと、アキトがため息をつきながら言う。
「ナル君。知っての通り二上さんは学年で一番人気のある女子だよ。そんな子と、毎日ふたりでお昼ご飯食べてたら噂のひとつも流れるよ」
アキトの指摘通り、俺は先週ずっと昼飯を二上と食べていた。義理堅い二上は、毎日俺の弁当を用意してくるので断り切れずに毎回ご馳走になった。
「久遠さんとは朝食を一緒に食べてたみたいだね」
「見たのか?」
「見た人が居るんだよ」
その通りで久遠とは、先週は月曜日の一件以来なんだかんだで毎朝一緒だった。
だが、まさか見られていたとは……。
「マエちゃんに至っては何? 家に連れ込んだって聞いたよ!」
「直接的な表現をするな! 誤解されるだろ!」
「誤解されてるんだよ今、まさに!」
反論の余地は一切無かった。確かに夕飯を作ってもらうために部屋に入れたのだから。
「まったく羨ましいね。学年でもトップ5に入る美少女たちをとっかえひっかえ出来て」
「言い方を考えろ」
実際、とっかえひっかえ状態だったので俺に要求できるのは表現をオブラートに包むように求めることだけだった。
「というか、それだけで噂になるのか?」
「相手がナル君だからだよ。学年暫定トップのイケメン」
今ほど、イケメンという称号を返上したいと思ったことは無い。
モテる男は辛い。
先週もそんなことを考えていたが、先週と今日では言葉の重さが全く違う。
「考えなかったの? あんな事ばっかしてたらそういう噂が立つかもって」
「全く考えてなかった」
「ホントに?」
アキトが疑る様な目を俺に向けてくる。
見透かされているような感覚を覚えた俺は素直に白状する。
「ゴメン、ちょっと考えた」
男という生き物は度し難いもので、自分と仲の良い女子、それも可愛い子がいるとそういった妄想を働かせてしまう。
「けどな、確かに3パターン考えたけど三人同時は流石にねーよ!」
「まぁ、たとえ1パターンだけだったとしても、ナル君以外の男が妄想してたら身の程わきまえろって感じだよね」
ともかく、事態はそういった妄想が噂として流れてしまっている。
「厄介なのは噂が何種類も混ざってることなんだよ」
そう言うとアキトは詳しく説明する。
俺には三人それぞれと付き合っているという噂が流れている。その相反する三つの噂が同時に存在する結果どうなるかと言えば。
「いま、一年生は2つに割れているよ」
一つは、三人のうち一人と俺が付き合っていて他の二人が俺にちょっかいを出していると考えている連中。
もう一つは、俺がどうしようもない三股のクズ野郎だと考えている連中だ。
「残念だけど、女子も男子も結構な数が前者だね。ナル君の評価が意外と高いのが裏目に出たね」
「いっそ、俺がクズ野郎っていう噂だけだったら良かったのにな」
つまり、生徒の大半が俺では無くあの三人が悪者扱いされているということだ。
「で、どうするの?」
そう言われても頭が追いつかない。こんな事態は考えたことも無かった。解決策なんてすぐには浮かばない。
「どうすりゃいいと思う……?」
「ミクちゃんが言うには、方法は二つだって」
俺は真剣な表情でその提案に耳を傾ける。
「一つは、全員と距離を置いてほとぼりが冷めるまで待つ」
あまり良い手には思えないな。それで簡単に鎮静化するとも思えないし、なによりそんなことのために友達関係を崩したくはない。
「二つは、いっそ三人のうち誰かと付き合っちゃうとか」
「はぁ?」
意味が解らなかった。
「だから、一人を彼女にしちゃってラブラブアピール。あとの二人はただの友達ですって堂々とすれば噂も消えるって」
「いやいや、そんなこと出来るわけないだろ」
「全く無理ってことも無いと思うけど」
アキトの言葉に俺は少し想像してしまう。
三人のうちの誰かが彼女になってラブラブアピールする展開を。
「――――、いやまて!」
「ナル君いまバッチリ考えたね」
「ああ、考えた」
割と放送コードに引っかかる展開まで一瞬で思いついたがそうではない!
「そんな動機で付き合うとか無いだろ」
「言うと思った」
などとやり取りをしているとあることに気付いた。
「この噂、当の三人は知ってるのか?」
「久遠さんは知らないと思う。けど、久遠さんと二上さんはそういう噂が流れても気にしないと思う」
となると問題は……。
「マエちゃんはちょっと意識しちゃってるみたい」
それを聞いて思わずため息が出る。
まったく、はた迷惑な噂だ。
「ともかく、さっさとどうにかした方が良いよ」
「ああ、ちょっと考えてみる」
そうして、俺たちは教室へ向かう。
その後は、なるべくいつも通りにふるまいながら、何か名案が浮かばないかと考えを巡らせ続けた。
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