第36話


 以前、マエが言っていた通り中庭は静かな場所だった。

 人の姿はまばらであり、解放感もあって落ち着いている。


 俺たちはちょうど木陰になっているベンチを見つけてそこに腰を据える。


「口に合うといいのですが」


 そう謙遜しながら二上は弁当を手渡してくれた。

 膝の上にそれを置いて、早速ふたを開けてみる。


「おお、すごいな……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 二上の用意したその弁当の中身は色合いが良く、おかずも栄養バランスが考えられていた。

 卵焼き一つとっても、焼き色が均一で輝いているように見える。野菜の切り方もどこかおしゃれで可愛らしい。

 定番のタコさんウィンナーが入っているのもあざと可愛い。しかも鉢巻まで巻いている。


 そして、なんといっても注目すべきなのは


「サンドイッチだ」


 主食は米では無かった。

 これは、俺が片手でも食べられるようにと言う配慮だろう。そう言えば、おかずも一口サイズだ。

 食べる人間のことを考えた徹底された気遣いが感じられる。

 こんなことをされると馬鹿な男はうっかり惚れてしまう。


「遠慮なさらずにどうぞ」

「では、いただきます」


 早速、サンドイッチを一つ口に運ぶ。


 面倒な表現はこの際無しだ。ただただ美味い。


 両面に焼き色のついたパン、ムラなく塗られたバターと均一に挟まれた具材から、その丁寧な仕事ぶりが伝わってくる。

 見た目も味もパーフェクト。非の打ち所がない。


「うまい。すげー、うまい」


 俺はもう手放しでホメる以外の選択肢を持たない。

 二上はその率直な言葉に安心した表情を浮かべる。


「それは良かった。では、私もいただきますね」


 二上は自分の分を取り出すとゆっくりとした動作で食べ始める。

 食べかた一つ取ってもどこか洗練された動きで、その小さな口でパンの端をかじる動作に思わず目を奪われる。


 俺は、余計なことを考えないように弁当に向き合い直す。

 今度はおかずを口にするが、定番の面子だったが俺のよく知るそれとはクオリティに大きな差があるように思った。


 手を休めることなく食べ続ける。

 あっという間に弁当箱は空となってしまう。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」


 二上は空に弁当箱を受け取るとその中身を見て安堵したように微笑んだ。

 思えば、二上は弁当を“用意”したとは言ったが、自分が“作った”とは一言も言ってはいない。

 しかし、これまでの反応から考えるに彼女の手作りなのは明白だ。

 改めてそう考えると、顔が熱くなるのがわかった。


 急に恥ずかしくなってきたので所在なく視線を動かしていると、こちらに向かってくる人影があるのが見える。


「ナルくーん!」


 マエが俺の名前を呼びながら小走りでやってきた。


「急いでるな。なんかあったか?」


 近くまでやってきたマエに声をかける。


「そうなの、急いで知らせなきゃと思って!」


 言葉だけなら何か事件でも起こったかのようだが、テンション高めの楽しそうな笑顔を見ればそれが良い知らせなのは明らかだ。

 マエは、スマホを取り出すとその画面を俺に見せてくれる。


 それはSNSに投稿された画像だ。

 最近話題のクレープの屋台らしい。


「これがどうかしたか?」


 たしかにクレープは好きだが、画像だけで満足できるほど俺は単純ではない。


「ふっふっふー。コメント欄をよく見て」


 なぜか誇らしげな表情を浮かべるマエの言う通りにする。


「駅前で、本日営業中」


 大事件だった。


「よし、今からくぞ」


 俺は単純だった。


「うん行こう!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 勢いよく立ち上がった俺を二上が引き止める。


「冗談ですよね? お昼からも授業がありますよ」

「冗談じゃない。俺は真剣だ」

「そうだよ! 真剣にふざけてるんだよ!」


 俺たちのその悪い方向に真面目な態度に二上は呆れたような顔をする。


「ダメですよ。クラス委員として見過ごせません!」

「そこを何とか!」

「いけません!」

「お代官様!」

「聞く耳持ちません」


 などという寸劇を繰り広げた後、俺たちは誰からともなく笑いだす。


「もう、本当にお二人は甘いものがお好きなんですね」


 その指摘に俺は堂々と答えたが。マエはなぜか、少し恥ずかしそうな表情を浮かべている。


「うん、好き……大好き」


 一瞬、視線を感じたような気がした。

 しかし、それを考える間もなく二上が言葉を続ける。


「でしたら、放課後に三人で行きましょう! 私も興味があります」


 楽しそうにそう言う二上。しっかりと放課後と言われてしまった以上、俺たちは諦めるしかなかった。


「放課後まで我慢だねナルくん」

「我慢できるかなー」


 と言いながら、俺はポケットに入れていたキャラメルの箱を取りだした。


「あ、マイキャラメル」

「マイキャラメル?」


 三粒取り出して掌に載せる。それを二人に差し出すと二人は一粒ずつそれを手に取る。


「ありがとうございます」


 二上はそう言うとキャラメルを頬張って見せると笑顔を向けてくれる。


「成嶋くんは、いつもキャラメルを持ち歩いているんですか?」

「先週は飴だった。明日はチョコレートにするか」

「溶けるよナルくん」

「そうか、なら保冷剤が必要だな」

「チョコレートを選択肢から外さないんだ!?」


 二上が今日一番の笑いを見せる。どうやら、至極真面目な顔で言う俺の姿がツボにはまったようだ。


「本当に、成嶋くんは面白い人ですね。意外性があります」


 そうこうしているうちに時計の針はいい時間を示していた。

 俺たちは中庭を後にして教室へ向かう。

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