第24話
学生生活に欠かせないもの。そう聞かれてなんと答えるか。
友達、恋人、部活、バイト。そう答える人が多いだろう。
残念ながら不正解だ。それらはすべて欠かせられる。というか、欠けてしまう人もいる。主に恋人の部分とか。
何が言いたいかと言うと、欠けると学生生活を送れなくなるモノとはそういった青春的要素ではない。
はっきり言おう、定期試験である。
学期ごとに中間と期末の二回。もっとも、三学期は期末だけなので年度ごとに計五回実施される。
結果次第では留年なんてこともあるわけで、一般家庭に置いてはこの結果次第で私生活に多大な影響を及ぼすことにもなりかねない。
それは、俺自身も例外ではない。
「来週から試験だねー」
休み時間、俺の席の前に陣取ったマエが、まるで人ごとのように呟いている。
マエは、本来の持ち主が席を離れているのを良いことに完全に自分の席の様に扱っていた。椅子を後ろに向け俺の机の上で腕を組んで頭を預けている。
「随分と余裕そうだな」
俺は次の授業の準備をしながら言う。
「そう見える?」
「見える」
「えへへー、実はその反対。もうどうにでもなれって感じ」
諦め方が男らしい。テスト期間は来週なので、今週いっぱいは挽回のチャンスだ。
「いまならまだ間に合うぞ」
「うーん、なら頑張ろうかなー」
頬を机に押し付け、ぐでーっと体重を乗せているその姿では説得力の欠片もない。
「じゃ、頭を動かすための燃料補給」
そう言って起き上ったマエはポケットから何かを取り出した。
「はい、ナルくんの分」
「ミルクキャラメル」
「おいしいよ」
知ってる。この前の安売りで箱買いした。
「勉強を理由にしてお菓子食べたいだけじゃないのか?」
「じゃあ、ナルくんは食べないの?」
「食べちゃうんだなこれが」
包みをはがして口に放り込む。味も甘さも予想通りだ、つまり美味い。
キャラメルを噛みしめているとマエの後ろから誰かやって来る。
「……あきれた、また食べてる」
言葉通りの表情をした久遠が机の脇に立つ。久遠が自席を離れて俺の席に来るのは珍しい。休み時間は自分の席で本を読んでいるのが久遠の基本スタイルだ。
いや、よく考えれば最近はちょくちょく来ているかも知れない。
「久遠も食べるか?」
俺は自分のポケットから同じキャラメルの箱を取り出して久遠に差し出した。
「ナルくん、マイキャラメル持ってるんじゃん!」
「……マイキャラメルって何? 私が知らないだけ?」
安心しろ、俺も知らない。
「キャラメルが嫌なら飴もあるぞ」
今度はカバンから袋入りの飴を取り出して見せる。3割引きのシールがワンポイントでおしゃれだ。
「残念、飴は品切れなんだー」
「……何で張り合ってるの?」
久遠はキャラメルと飴を一粒ずつ受け取るとポケットにしまった。
「……言っておくけど、お菓子をもらいに来たわけじゃないから」
すこし恥ずかしそうに言う久遠だが、しっかり二種類受け取っているので説得力に欠ける。
「それで、なんか用事か?」
マエと俺のお菓子攻撃にペースを乱されていた久遠が、ため息を一つ吐いて気を取り直す。
「テスト勉強、一緒にしないかと思って」
久遠から何かを提案してくるのは珍しかった。基本的に普段は受け身の姿勢が多いからだ。漫画内でも自発的に何かをするときは自分の興味が引かれる対象が関わっているときだけだ。
「別にいいけど」
「……けど?」
「いや、久遠から誘ってくるのは珍しいなと」
俺の指摘に、久遠は何か考える様なそぶりを見せた後、マエを見ながら言った。
「心配じゃない?」
「納得」
「まって、言っとくけどそこまで酷くないからね!」
かわいそうな子を見る慈しむような視線を浴びたマエはぷりぷり怒っている。
「事情は分かった。他のメンバーは?」
「…………、トウタロウにも声かけとく」
「なら、俺は……」
アキトを呼ぶ。と言いかけで俺は言葉に詰まった。
奴の性格上、大人しく勉強をすると思えない。間違いなく邪魔なだけだ。
「なんでもない」
悪いなアキト。自分のケツは自分持ちだ。
となると、参加メンバーは壱岐、久遠、マエ、俺で四人か。
「いつやるんだ?」
「今日」
すると、マエは申し訳なさそうに頭を下げ始めた。
「ゴメン、今日は先約があるの」
なんと問題の生徒が不参加を切り出してきた。
「マエ、勉強は大事だぞ」
「違うから! 逃げるわけじゃないから!」
諭すような俺の語り口にマエは反論する。
「今日はミクの家で勉強する約束してるの! ミクが見張ってほしいからって」
「見張るって、なんでよ?」
俺の指摘にマエがどこか答えづらそうに口を開く。
「あーほら。ミクとアキくんって今あれじゃん。一番盛り上がってる時期じゃない?」
つまり、テスト勉強中でも隙あらば連絡を取りたくなってしまうというわけだ。
「あー、はいはい」
アキトの惚気話とか本人以外からでも聞きたくない。
「心底どうでもよさそうに言うんだね」
「心底どうでもいいからな」
そう嘯く俺に対して、久遠はジトッとした視線を浴びせながら言う。
「と、言いつつ。寂しいだけだったり……」
「そう、実はボク寂しがり屋なの」
無反応だ。
久遠はともかくマエまで無反応だ。
「……」
ポケットからキャラメルを取り出して口に放り込む。
「マエ。ナルキは追い詰められるとお菓子に逃げるみたい」
「痛々しいねー」
女子二人の仲がよろしいようで結構なことだ。
「で、場所はどこでやるんだ?」
「露骨に話題を変えた」
「逃げたね」
「俺が悪かったからもう勘弁して……」
ひとしきり俺をなぶって満足したらしい久遠が答える。
「放課後、図書室に」
簡潔な連絡事項だ。
そして、ちょうど次の授業を知らせる鐘が鳴った。久遠とマエが自席に戻ったので俺はようやく次の授業の準備を再開する。
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