第22話


 結局、あの後アキトたちを見つけることは出来なかった。

 しかも、その日の放課後に二人から付き合い始めたことを直接つたえられる。


 無駄なことをした。

 勝手に愚考して愚行した。放っておけば向こうから話してくれた。


 とはいえ、二人の関係を探っているときのマエは実に楽しそうだった。結果だけでなく、過程を考慮すれば全くの無駄骨というわけでもないのだろう。


「おはよーございます」


 今日はバイトの日だった。放課後にバイトに入る場合、夕方から閉店時間近くまで働くことになっている。

 夕食はモモさんがまかないをご馳走してくれる。

 モモさんの料理は俺のお遊び同然のそれとは格が違う。商売でやっているのだから当然なのだが、それでも俺としてはちょっとした楽しみだ。


「ナルキ、連休はマエと遊びに行ったんでしょ? どうだったのよ」


 モモさんは仕事の合間にマエとのことを訊ねてくる。


「本人から聞いてくださいよ。昨日、初出勤だったでしょ」


 マエは連休明けからバイトを始めた。平日は別々のシフトだが、次の休日は一緒の時間らしい。


「マエにも聞いたわよ。ナルくんナルくんって惚気られたわ」

「惚気って……、別に普通に遊んだだけですよ」

「その見た目で遊んだって、別の意味に聞こえるわ」

「モモさん、解ってて言ってますよね?」


 客が少ないのを良いことに今日のモモさんはかなりグイグイ聞いて来る。

 その時、店の扉が開かれ入店を知らせる鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 出迎えのため入り口に目を向けると見知った顔がそこにいた。


「久遠」


 久遠は無言で頷く。

 俺は、他の客も居るのでマニュアル通りの対応で席に案内する。

 店の奥のテーブル席に来たところで、俺は口調をいつもの調子に戻した。


「こんな時間にどうした? 一人で来るのも初めてだろ?」

「……別に、気が向いたから」


 久遠は淡々とした調子でそう言うとメニューを眺める。

 どうやら、夕食を食べに来たようだ。


「今日はスーパーの弁当じゃないのか?」

「まぁね」


 久遠は普段、俺と同じスーパーで夕食を買っている。バイトが無い時はほぼ確実に顔を会わせていたが、こうして俺がバイトをしている時はそうではない。


「モモさんの料理はどれも美味い。そこらの食堂よりもな」

「ふーん」


 久遠は相変わらず自分の興味以外のことに関心が無いようだ。


「じゃ、決まったら呼んでくれ」


 あまり話し込んでいるわけにもいかず、俺は仕事に戻ることにしたが久遠はそれを引き止めた。


「ねぇ、ナルキはまだ料理はしないの?」


 この前、モモさんから調理も覚えてもらうと俺が言われていたのを久遠は聞いていた。


「あぁ、まだ修業中だ。店に出せるものは何も……」


 そう言いかけて一品、俺が作ったモノがあるのを思い出した。


「アイスコーヒーだけだな。作り置きの」

「それ、料理じゃない……」

「それほどでもない」

「わけわかんない」


 久遠はわずかに笑顔を見せた。そして、メニューを指さしながら言う。


「じゃ、このナポリタンとアイスコーヒー」

「かしこまりました」


 注文の品を書き取り、伝票をモモさんに手渡す。

 受け取ったモモさんが俺の顔を見る。


「どうかしましたか?」


 モモさんは何も言わなかった。今度は視線を久遠の方に向けてると突然、にやにやとしながら了解と一言答えた。

 モモさんが調理をしている間、俺はカウンターを磨く。そうこうしているうちにケチャップの焼ける匂いが漂ってくる。


「ナルキ、持ってきな」


 モモさんが差し出したナポリタン、なぜかそれは二皿だった。

 一瞬、注文を書き間違えたのかと考えたが、結論を出すより早くモモさんが言う。


「ついでにオマエも休憩しな。客も少ない」

「ありがとうございます」


 俺は素直に好意に甘えることにした。

 エプロンを脱いでナポリタンを運ぼうとするが、お盆の上にアイスコーヒーが乗っていないのに気付いた。


「コーヒーはナルキが注いでやりな。アタシはほら、手が離せないから」


 明らかに手持ち無沙汰な様子だったが、指摘することはしない。

 俺はさっさと準備を済ませて久遠の待つテーブルに向かう。


「おまちどー」


 久遠は運ばれてきたナポリタンが二つあるのに気づき怪訝な表情を浮かべたが、向かい側に俺が座るのを見て納得したようだった。


「いただきます……」


 俺たちはモモさん特性のナポリタンに手を付ける。ケチャップの酸味とコショウが効いていてとても美味い。是非、レシピを習得したいところだ。


「おいしい」


 どうやら、久遠も気に入ったようだ。

 二口、三口と食べたところで久遠が口を開く。


「この前の休み……どうだったの?」

「別に普通に遊んだだけだって」


 先日、昼休みに軽く説明をしたはずなのに久遠はなぜか詳しく話を聞きたがっている。


「そっちはどうだったんだ」


 俺は、逆に質問を返すことにした。

 壱岐と久遠のイベントが漫画通りに進展しているか確認をしなければならない。


「……サイン会いって、色々あったけど無事にサインも貰った」


 まぁ、その色々の部分が重要なのだが、この言い方なら漫画通りの展開だったのだろう。

 俺は、二人の関係が順調に進んでいることを知り少し安心した。

 今後も、二人の邪魔をしないように立ち振る舞いつつ、二上双葉のフラグを折って行けば目的は達成されるだろう。


「てか、私が質問してるんだけど……」


 不機嫌そうにフォークの先を向けてくる。仕方ないのでもう少し詳しく説明してやることにした。


「最初は映画だ」

「何見たの?」

「いま話題のやつ」


 スマホで映画のホームページを見せてやる。聞いてきた割には興味のなさそうな顔をしている。


「当然ポップコーンも買った」

「キャラメル?」

「キャラメルだ」


 久遠は俺の嗜好を理解しているようだ。それはそれで気恥ずかしいが。


「その後はウィンドウショッピングだ。あぁファッション対決もしたな」

「なにそれ」

「二組に分かれてだな――――」


 俺はその時のルールを説明してやる。それを聞いた久遠はあきれ顔に変わっていった。


「ルールが雑すぎ……」

「アホが考えたからな。まぁ勝負事態はどうでもいいだ」

「ふーん。で、どんな感じだったの?」


 俺はその時の写真を見せてあることにしたが、しまったことに三倉の写真は撮っていなかった。仕方ないのでマエの写真だけ見せてやる。


「これ、ホントにマエ?」


 普段のマエの私服を知っている久遠は、そのギャップの激しさに驚いている。


「意外と似合ってるよな? 発案は俺なんだが――」


 その時の様子を詳しく話す。久遠はナポリタンを口にしながら黙ってそれを聞き時々頷いた。

 話し終えたタイミングで久遠は水を一口飲み口を開く。


「そういうのが好きなんだ……」


 その指摘は少し恥ずかしい。しかし、誤魔化すのも変なので素直に答える。


「まぁ、そうだな。意外と、いや意外でもないのか……?」


 その後、タピオカミルクティーを飲んでパンケーキ屋に並んだことを話した。


「ポップコーン、タピオカ、パンケーキ……」


 改めて俺がその日に口にしたものを読み上げられる。

 久遠は呆れた顔で言い放つ。


「食べ過ぎ。女子でもそんな食べないよ……」

「まぁ、おっしゃる通りで」


 しかし、俺には反論する余地がある。


「けどな、タピオカもパンケーキも男一人では食べられないんだ」


 つまり、絶好のチャンスだったわけだ。大義名分はあるのだ。


「だからって、――――。」


 最後の方の言葉は小さくて聞き取れなかった。久遠はどこか残念そうというか、不満な表情をしているように見えた。

 俺はその理由を少し考えた結果、一つの提案をすることにした。


「なら、こんど食いに行くか? パンケーキ」

「行く」


 即答だった。

 久遠も甘いものが好きだ、パンケーキが食べたかったのだろう。


「じゃ、他のやつの予定も確認するか」


 しかし、考えてみると誘えるメンバーがいないことに気付く。

 アキトと三倉を誘うのは野暮、壱岐は誘っても来ると思えないし、マエはこの間行ったばかりだ。


「やっぱ二人で行くか」

「それがいい。……混雑してると思うし」


 久遠の言う通りだった。人気のパンケーキ屋と行列はワンセットだ。人数が少ない方が都合がいいともいえる。

 日時を決めながら、夕食の時間は過ぎていった。

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