第21話
刑の確定した俺は、これ以上の余罪追及を避けるべく別の話題をふる。
「なあ、マエ」
「なに、ナルくん?」
何でもないやり取りのはずなのになぜか久遠から睨まれている気がする。受刑者というのは肩身が狭い。
「あの二人のことだが……」
今朝から、いや振り返ってみるとあの日以来、いつもと様子の違うアキトと三倉について切り出す。
俺は、核心に近い質問を口にする。
「三倉は、アキトみたいなのはアリなのか?」
マエはその質問を聞いて少し考える素振りを見せると、何か納得のいったような表情を見せた。
どうやら、俺の言わんとしていることが理解できたようだ。
「アタシの聞いていた話とは違うけど、あの時の雰囲気でいえば……」
うーん、と唸りながら頭を揺らしている。腕組みによって押し上げられた胸元の“クッション”が押しつぶされて視線の置場に困る。
「ナシ寄りのアリ?」
アリ寄りのナシ、よりはあるのか。
とはいえ、確定情報ではない。推論には裏付けが必要だ。
「やっぱ、直接見ないとわからねーか」
呟くように言ったその言葉はマエにはしっかりと聞こえていたようだ。
それならと、聞いてみることにする。
「野暮だと思うか?」
「でも、障害があった方がほら、盛り上がるっていうし」
俺の提案に対してマエは少し迷う様子を見せたが、結局は好奇心が勝ったようだ。
というか、一度決心したら付いて来る気満々だ。
「……何の話?」
会話に付いていけない久遠がしびれを切らしたのか聞いてきた。ちらりとマエに視線を向けると頷いたので俺は事情を話すことにした。
「あの二人、今日なんか変だったろ?」
そう言われた久遠は少し悩んだ末に結論を出す。
「……いつも変じゃない?」
「アキトはそうかもしれんが、三倉は違う。アキトにしたっていつも以上に変だろ?」
「あんまり覚えてない」
頭いい癖に記憶領域の使い方が偏り過ぎだろ。口に出すと怒られるので言わないが。
「で、変だとして。どう変なの?」
「あーもう、察しが悪いな」
「……ナルキが言うな」
遠回しな表現で人間関係の機微を理解するのを久遠に期待するのが間違いだったかもしれない。
「だから、あの二人。もしかすると付き合ってるんじゃないかって」
「……付き合う? …………え、そういう意味の?」
「そういう意味の」
興味津々のマエと違い、若干引いているようにみえる久遠は、やはりイマドキの女子とは違うという事を認識させられる。
というか、こんだけ盛り上がってるのに一切興味を示さない壱岐は鈍感系主人公の鑑みたいな奴だ。
「……なんでそんなことになるの?」
久遠の質問はごもっともだった。あの二人にはそれほど接点は無いはず。俺とアキトの二人は、三倉との関係性、新密度はほとんど同じだった。
あの日、ショッピングモールでの別行動を除いてだが。
俺はその時の話を久遠に説明した。
当然、マエと昔の友達とのいざこざは除いてだが。
「なるほど……」
合点がいった久遠が静かにうなずいている。
「でも、それならナルキとマエも……」
久遠は小声で呟いた。俺は聞こえてはいたが、そのことを突けばあの一件の話に逆戻りだ。聞こえていないふりをする。
「ともかく、確かめたいだろ?」
「やっぱ気になるよねー」
「それが事実なら、無粋な真似はあんまり……」
マエは乗り気だが、久遠はそうでもない。壱岐に至っては……
「教室で寝る」
などという始末だ。
「仕方ない、二人で行くか」
そう言って、食器を片付けるために立ち上がる。マエも同意しながら続くと
「……! 行かないとは行ってない」
久遠も慌てて立ち上がった。
何だかんだと言いつつ、他人の恋バナに興味があるのかも知れない。
食器を片付けて食堂を後にする。校舎への移動中、俺たちは二人の居場所について考えた。
「心当たりは?」
俺がそう聞くとマエが元気よく挙手をした。
「多分、中庭か屋上だと思う!」
聞けば、そのどちらも人の少なさや解放感から定番のスポットらしい。
「なら、先に屋上からだな」
「なんで屋上からなの?」
「屋上なら、仮にそこに居なくても上から中庭も見えるだろ」
なるほどーと言いながら納得したマエは小走りで屋上へと続く階段に向かっていった。俺と久遠はその後を追いかける。
屋上にはまばらに人が居たが、目的の二人の姿はなかった。
「いないねー、残念」
マエは言葉とは裏腹にテンションが高い。
「楽しそうだな」
やっていることは完全なお邪魔虫なのだ。俺は皮肉の意味でそう言った。そしてその事はマエもわかっている。
「えへへー。アタシ性格悪いからねー」
マエは笑ってそう言った。そう言えるようになったことは素直に喜ばしい。そう思うと、俺は自然と笑みになっていた。
マエはそのままフェンス沿いに中庭を確認しに行く。
「ねぇ、ナルキ……」
残された久遠が俺を呼ぶ。その声色はいつものように不愛想だった。
「なんだ?」
久遠の方を見る。
いつものように気崩した制服、いつものようにポケットから伸びたイヤホンが首に掛けられ、いつものように前髪が片目を隠して、いつものように気怠そうな表情だ。
しかし、どういうわけだか俺は違和感を覚えていた。
「どうかしたのか?」
顔の半分が前髪に隠れていると、どうしても表情の機微まではわからない。だから、俺に出来るのは尋ねることだけだ。
「……やっぱなんでもない」
そう言うと久遠は、フェンスに張り付いているマエの方に向かっていく。
俺は、引っかかるモノを感じつつもただその後に続いた。
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