第四章 負けヒロインは気付かない
第20話
週明け。
いつもの時間、いつもの通学路、いつものように校門をくぐり、いつものように教室の扉に手を掛ける。
しかし、その先にはいつもの出迎えは無かった。
「おはよーナルくん」
俺を呼ぶ声は同じだが、それを言う相手は違った。
「おはよ」
いつもの調子のアキトではなく、マエが俺を出迎える。
俺は自分の席にカバンを放り投げ、椅子に腰を落ち着ける。マエは、空いている左隣の席に座った。
「えへへー」
マエは何やら楽しそうにしている。俺は、カバンの中身を机に押し込みながら聞いてみた。
「何か良いことあったのか?」
「んーん、別に!」
何もないのに楽しそうというのは結構なことだ。休み明けはテンションが下がるというもの。その休みが長ければ尚更だ。
「あ、そうだ。これあげる」
「ん、サンキュー」
差し出されたそれが何かを確認することなく俺はそのまま受け取った。
手のひらの上のそれを見てみると。
「チョコレート」
「好きでしょ?」
「好きだけど」
包装を空けて口の中に放り込む。甘みが広がり香りが鼻を抜ける。
糖分が脳に届き、半分寝ていた意識を活性化させた。
「そういや、アキトがいないな。遅刻か?」
「実はミクもまだなんだよねー」
チョコレートでエンジンの掛かった頭が回転を始めた。
先日のショッピングモールの一件を思い出す。
俺はあの後、マエとパンケーキを食べるべくモールの近くのパンケーキ屋に並んだ。
当然マエは別れて行動していた二人を呼ぶためにメッセージを送ったが、二人は疲れたから先に帰るとの事だった。
結局、俺たちも二人でパンケーキを食べてその後は解散したが。
「なにか、こう」
引っかかる。いや、それほど違和感がある行動でもないが、気になる。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
どこぞの顧問探偵でもあるまいし。変に気にするのはやめた。
そうこうしているうちに久遠が教室に姿を見せた。ということは、もうすぐ始業時間だ。
マエも自分の席に戻る。その後、チャイムギリギリでアキトと三倉が教室に飛び込んできた。
その後もいつもとは違った。
休み時間のたびに絡んできたアキトに代わり、マエがその度にお菓子をもって現れた。
「チョコレート、飴、今度は何だ?」
「クッキーだよ」
「何種類もってんだよ」
「って言いながら食べるんだね」
「食べちゃうんだなこれが」
餌付けされてる気分だ。動物園のパンダ、公園の池の鯉とそう変わらない。
進路希望に愛玩動物の選択肢を加えたい。
そんな感じで午前中は過ぎていった。そして、決定的な異常がやって来る。
昼休み、いつものメンバーを学食に誘うべく席を立つ。壱岐と久遠はいつものように自席にいたがアキトの姿はいつの間にか消えている。
「アキトはどうした?」
眠そうな顔の壱岐では無く久遠に聞いてみた。もっとも、久遠がアキトの存在に興味を持っているとは思えないので、有益な情報が得られる保証はない。
「なんか、慌てて飛び出してったけど……」
その様子ならトイレとかか。
そう思い、しばらく待つことにしようと思った直後、俺のスマホにメッセージが入る。
「ん? アキト、珍しいな……」
考える前に反射する男、指より先に口に出る男である。学校内でスマホからメッセージを送ることは滅多にない。
内容は単純だった。
「行くか、学食」
「……いいの?」
久遠は一応といった様子で尋ねてくる。
「今日は予定があんだと」
「そう……」
思えば、今日はほとんど口を聞いていない。なにかやらかしたか俺は?
いや、アキトはこういう“世間の男たちが恐怖するメンドクサイ女の怒り方”をする奴ではない。
なにか事情があるのだと結論付けようとしたとき、新たな情報が舞い込んできた。
「ナルくん、アタシも一緒に良い?」
振り返ると弁当を手にしたマエがそこにいた。
普段、マエは三倉と昼を一緒にしている。三倉が放送部の仕事でいないのは週に二回。その時は俺たちに混ざっているのではあるが、今日はその日ではない。
「三倉はどうした?」
「なんか用事あるんだって」
不思議そうに答えたマエの言葉から、俺は一つの可能性を見出していた。
しかし、すぐにそれを口にすることなく俺たちはひとまず学食へ向かう。
学食内は相変わらずの様相だった。最近は一年生の利用者も増えて一層にぎわっているかもしれない。
自前の弁当を持っているマエが席を確保し、残りの俺たちは列に並ぶ。
券売機に小銭を投入しボタンを押す。
俺の注文は日替わりランチ。ワンコインでお釣りのくる値段設定は財布に優しい。
それから、学食の人気スイーツ手作りプリンの食券も2つ買う。
その様子を見ていた久遠が呆れた口調で言った。
「2つも食べるの……?」
確かに、このプリンならダースで食べても良いくらい気に入っているがそうではない。
食券を提示して料理を受け取る。学食は『安くて美味くて速い』がモットーだ。
マエが確保してくれているテーブルに戻った俺たちは席に着いた。
壱岐と久遠が向かい合う形で奥に座り、その隣に腰を据える。男女が両側に分かれる形だ。
「マエ、これやるよ」
俺は、午前中に散々餌付けされた菓子のお返しとしてプリンを手渡した。
「え、良いの!? ありがとナルくん!」
マエは嬉しそうに受け取ったプリンを眺めている。その喜び方はすこし大げさで渡した俺の方が恥ずかしくなってくる。
「わー、おいしそう。いつも気になってたんだー」
弁当に手を付ける前にプリンを食べだしそうな勢いに自然と笑ってしまう。すると、マエの隣の久遠が不思議そうに言った。
「……二人とも、何かあった?」
その問いかけに俺は少しドキリとした。
先日のショッピングモールでの一件は、俺にとってあまり思い出したくない出来事だ。
泣いているマエの姿もそうなのだが、一番は馬鹿みたいに調子に乗っていた俺自身の行いだ。
あー、恥ずかしい。何様だよあれ……。彼氏面して、散々暴言吐きまくったあとクサいセリフまで口走って。日本が銃社会だったら衝動的に眉間を撃ち抜いているところだ。
動揺を隠す俺と違い、マエの方は幾分かストレートに慌てている。
「な、何かって? なんか変かな……アタシたち」
「ううん。ただ、……前より距離感近いというか……呼び方も変わってない?」
「そ、そうかな!? そんなこともあるような、ないような……」
あからさまに誤魔化していますという反応は、鈍感系主人公体質の壱岐はともかく久遠に通用するはずがなかった。
久遠は追求の矛先を俺に向ける。普段の気怠そうな表情とは違い、取り調べをする刑事の様な気迫とジトッとした視線、それでいてテンションの低い声が俺に浴びせられる。
「ナルキ」
「はい……」
「セクハラ……、懲役20年」
違った。刑事ではなくて裁判官だった。
「執行猶予、じゃなくて弁解の余地は?」
「これにて閉廷」
「弁護士! 弁護士の反対尋問を!」
俺はすがるような視線を壱岐に向ける。すると、うどんを啜り終わった壱岐が口を開く。
「異議なし」
刑が確定した瞬間だ。もっともその結果、久遠が俺たちについて詮索するのをやめたのだった。
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