第18話


 沖野御と共に店内を見て回る。


「これはどう?」

「もっと濃い色の方が良いと思うが」

「おっけー」


 目ぼしい商品を手に取ってあてがって見せてくれる。他愛のないやり取りだが、結構楽しい。

 一応、値札を気にしつつカゴに入れていく。あまり多すぎないようにしながら必要な分を集めた。


 時間通り試着室の前で俺たちは集合する。


「ふっふっふー。来たねナル君! 笑っていられるのも今のうちだ!」

「なんで小悪党みたいなんだよ」


 お互いにカゴの中を見られないよう、試着室に収める。

 沖野御と三倉は早速、着替えに入った。


「自信満々だが、勝算はあるのか?」

「モチロン!」


 あー、こいつのこの自信はどこから来るんだ? というか、こうなると嫌な予感しかしない。三倉が不憫だが、まぁ本当に嫌なら三倉の性格上、当然拒否しているだろうから大丈夫だろ。


 着替えを待つこと数分、準備が整ったようだ。


「おっけーだよ」

「うちもー」


 その言葉を聞きくと、外で待っている野郎二人でじゃんけんをした。結果、俺達が後攻となる。


「じゃ、ミクちゃんよろしくー」


 アキトの呼びかけと同時に三倉が試着室から姿を見せる。

 沖野御も首だけ外に出してそれを見守った。


「どうどう?」


 試着室から現れた三倉が身に纏っていたのは


「ゴスロリ……!?」

「わーふりふりだー」


 真っ黒い装束、胸元には大きな黒いリボン。頭に着けたフリルカチューシャが三倉の短い髪にリボンの花を咲かせる。

 袖口の白いフリルが、真っ黒のキャンバスに輝き、ふわっと広がるスカートとそこから伸びる脚線が際立つ。


 活発なイマドキJKの三倉のイメージとは180度異なる意外性はかなり印象的だ。


「アキト、自首するなら今だぞ」

「どういう意味だよ!?」


 俺と沖野御は相談して三倉のファッションを評価する。

 カーテン越しに耳打ちしながら三倉のファッションについて話した。


「えーでは、発表します」


 二人の意見を俺が代表して発言する。


「アリよりのアリ。しかし、選んだ男の趣味にヤバさを感じるので減点。80点」

「結局それ僕のことディスってるだけだよね!?」


 すでにアキトの抗議など誰も聞いていなかった。三倉と沖野御はその意外に似合うファッションで盛り上がっている。


「まったく……。じゃあ、次はマエちゃんね」


 気を取り直してこちらの番になる。

 意外とアキトが真面目に似合うやつを選んだこともあり少し緊張する。

 しかし、そんな心境などお構いなしに幕は開いた。


「いいじゃんマエ!」

「うんうん、かっこいい!」


 二人の反応は良好だった。俺も恐る恐る沖野御の姿を見る。


「えへへー、そんなに良いかな?」


 色の系統は三倉とかぶっていた、しかし方向性は真逆と言える。

 普段の沖野御はどちらかといえば可愛い系のファッションだ。しかし、いま彼女が纏っているのはレザー。

 ライダー風のレザージャケットが照明にあてられてしっとりと光っている。沖野御の白い肌とのコントラストが眩しい。

 脚線がはっきりとでる黒いデニムは、露出度は低いはずなのになぜだか艶かしさを感じる。


 俺は視線をどこに向けて良いのかわからなくなった。頭に血が集まって顔が熱くなるのがわかる。


「どうかな、成嶋くん?」


 感想を求める沖野御に俺は絞り出すように声を発した。


「似合ってる、すごく……」


 三倉から意地の悪い視線を浴びせられながらもなんとか答えることができた。

 自分で選んでおいてなんだが、俺はこういうのが好きなのかと今、確実に、身をもって理解した。


 そうこうしているうちにアキトと三倉が評価を下す。


「えー、発表します」


 アキトは大仰な態度で言う。


「ドチャクソかっこいい。しかし、彼氏の趣味に染められた感がハンパないので減点。80点」

「言い方! 世間体!」


 結局のところ、勝負は男二人をけなしてうやむやにするという無難なところに落ち着いた。

 女子二人はもうお互いのファッションを褒め合うことに集中してしまっている。

 取り残された男二人はその様子を眺めながら現実的な話をする。


「ねぇナル君、あれ全部でいくらなの」

「これくらい」


 スマホの画面で計算結果を見せてやる。さすがのアキトも顔を引きつらせている。


「僕、バイトしようかな」

「バイトしててもあんなん簡単に買えるか」


 男二人は互いの甲斐性の無さを嘆いた。

 一通り楽しみ、元の服に着替えた二人と一緒に商品を戻しに行く。


「これだけ買っちゃおうかな」


 沖野御はさきほど履いていたデニムを手にするとレジに向かった。

 俺の手に残ったレザージャケットは、簡単に買える値段でもなければ、友達にプレゼントしてもおかしくない値段でもない。

 俺は素直にそれを棚に戻す。



 勝負は引き分けに終わったがそれに関わらずタピオカミルクティーを飲むことは決定していた。

 ここは男二人が先ほどのファッションショーのお礼をかねて奢りとした。この程度しか買えない甲斐性の無さに情けなくなる。


 少し並んで目当てのモノを手に入れた後、俺たちは二組に分かれることになった。

 アキトがスポーツ用品店を見たいらしく、三倉がそれについて行った。


 俺たちは少し疲れたのでフードコートの一角で休憩することにした。


「あー、楽しかったねー」


 沖野御が先ほどの写真を見返しながら言う。

 俺も一枚、沖野御の写真を撮った。


「成嶋くんはどっか行きたいとこないの?」

「うーん、もうけっこう満足したからなぁ」


 これと言ったものが思い浮かばない。服はさっきから死ぬほど見たから今日のところはもう良い。


「あーでも、強いて言うなら甘いもの食いたい。パンケーキとか」

「うわー、女子ー」


 自分でもそう思う。しかし、食べたいものは仕方ない。


 ミルクティーを飲み一息つく。甘さが口に広がる。


 俺はフードコートに目を向けた。

 家族連れにカップルなど多くの人でにぎわっている。

 その中の一つ、数人の女子のグループが目に留まった。


「あれ……」


 見覚えがあった。それは昼食をとったファミレスで見かけた子達だった。

 その中の一人がこちらに顔を向ける。当然、視線が合う。


 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 気付いた一人が他の三人に声をかけ俺の方に手を振ってきた。


 一応、無視するのもどうかと思ったので小さく手を上げた。


「どうしたの?」


 あたりまえだが、沖野御が俺の行為に反応する。

 俺は申し訳なく思いながらも正直に先ほどのことを話した。


「サイテー」


 当たり前だ。一応、形式上はデート中なのに他の女にちょっかい掛けたのだから。


「ごめんなさい」

「ま、成嶋くんは優しいから。無視できなかったんだろうけど」


 だが、沖野御は寛大にも許してくれた。もしこれで沖野御が本当に彼女だったら俺はしばらく尻に敷かれていたことだろう。


「さて、成嶋くんがちょっかい掛けた子たちはどんな子かなー」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた沖野御が後ろに振り返り先ほどの4人組の方を見た。


「っ――――。なんで、ここに……?」


 沖野御が弱々しく言葉を漏らした。先ほどとは打って変わり彼女の表情から笑みが消える。

 更に、遠目にもわかるくらいに4人組の雰囲気が明らかに変わった。


「沖野御? ……どうかしたのか?」


 剣呑な雰囲気なのは明らかだ。沖野御は体を前に向けたが視線を机の上に落とし見つめている。

 そして、彼女たちがゆっくりと近づいて来た。

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