第17話


 映画を見終えた俺たちは昼食タイムに入っていた。比較的待ち時間の少なかったショッピングモール内のファミレスに入り食事をしながら映画の感想を話している。


「よく起きてたな」

「ナル君それどういう意味」

「そのままの意味だ」

「失礼な。僕だってアクション映画以外も見るんだよ」


 そういうとアキトはハンバーグを口に放り込み、コーラでそれを流し込んだ。

 相変わらず小学生みたいな奴だ。


「そういうナル君はどうなのよ?」

「ん? 意外と泣けた」


 チキンステーキをカットしながら答えた。

 隣に座っている沖野御が俺の答えに同意する。


「だよねー。すっごい感動した!」


 沖野御はパスタを巻き取るのをやめこちらを向きながら言う。唇にクリームが少し付いているのがわかった。


「だろうな。見てればわかった」


 紙ナプキンを差し出してやる。沖野御が礼をいいながら受け取ると、ふと何かに気付いたような顔をする。


「見てればって……」


 その指摘に俺は口をつぐむ。沖野御は少し考える様なそぶりをした後、はっとした表情を見せた。大きな瞳が見開き、頬を朱に染める。

 俺はすぐに視線を外した。向かい側にすわるアキトは相変わらずハンバーグを咀嚼しているが、その隣の三倉は当然のように言葉の意味に気付いていた。

 慌ててグラスの中身を一気に呷る。


「飲み物取ってくる」


 俺はその場からの戦術的後退を実行した。


 ドリンクバーを目指しながら俺は自分の浅はかさを反省する。

 最近、うかつな発言が多い気がする。口を開く前に考えるのが俺の基本スタイルのはずなのに、どうもアキトに毒されているようだ。


 ドリンクバーの前には数名の女の子が集まって何やら騒いでいる。飲み物を注いでいる様子でもないのではっきり言えば邪魔だ。

 とはいえ、角が立つような行動は慎まなければいけない。今は一人で行動しているわけではないので尚更だ。


「ごめん、それ使わせてもらってもいいかな?」


 社会人生活で身に着け、喫茶店バイトで磨き上げた営業スマイルを今こそ発動する。

 何せこちらは金髪ピアスのヤンキー崩れの見た目だ。話し方ひとつで威圧感を出しかねない。


「あ、ごめんさーい」

「ごめんねー」


 思った通りあっさりとどいてくれた。見た感じの年齢は同い年くらいだろう。

 会釈で返答してさっさと用事を済ませる。


 しかし、彼女たちは機械の前を譲ってくれたものの、その場を離れようとはしなかった。

 というより、飲み物を注いでいる間なにやら視線を感じるし、話し声も聞こえてくる。


「…………?」


 それとなく視線を向けると明らかに目があった。

 無視するのもどうかと思い営業スマイル。すると、彼女たちは小声ではあるが黄色い声を上げて盛り上がっている。


 あまり深く考えないようにして俺はその場をそそくさと去る。

 席に戻ると沖野御と三倉が映画の話で盛り上がっていたが、アキトはなにやらうらめしそうな視線を俺に浴びせてきた。


「ナル君ナル君」


 アキトが手招きをしている。仕方ないので顔を近づけてやると小声で話してくる。


「デート中にナンパはどうかと思う」

「んなわけあるか。向こうが勝手に盛り上がっただけだ」


 ちらりと沖野御たちを確認する。話に夢中でこちらのやり取りには興味を示していない。


「チャンスがあれば僕も行っていいかな?」

「俺は止めない。そのかわり三倉に報告するがな」

「また今度にします」


 席に座って残りの料理を口にする。時々、会話を挟みながら昼食の時間は過ぎていった。



 食事を終えた俺たちは女子二人の買い物のお供を拝命する。

 ショッピングモール内を見て回り、その間に俺はウィンドウショッピングの意味と語源について熟考する。ような事態にはならなかった。


 沖野御と三倉は気が回った。自分たちの興味の対象だけでなく男向けの店なども織り交ぜる絶妙なエスコートであった。

 俺は自分の甲斐性の無さを気にしつつもいっそ今回は勉強に努めることにした。


「次はここねー」


 三倉が案内したのは若者向けのファッションストアだ。女性客向けに様々なジャンルの服が取り揃えているのが見てわかる。


「よし、勝負よマエ!」

「勝負だナル君!」


 いきなり三倉とアキトのコンビが息ぴったりと言った様子で宣戦を布告してきた。

 事態の読めない俺はただただ突っ立っているだけで、沖野御はわからないなりにファイティングポーズをとっている。


「何の勝負だよ……」


 必然的に俺がツッコミ役をせざるを得ない。


「もちろん、ファッションセンス対決!」


 そう言って三倉がルールを説明する。

 映画のペアに分かれ、それぞれ女性陣のファッションをコーディネートする。相手チームに敗北を認めさせた方の勝ちというモノだ。

 正直、ルールがガバガバだがそこはそれ、つまるところ雰囲気を楽しみたいと言うことだ。

 ちなみに罰ゲームはこの後、タピオカミルクティーを奢らされる。


「では、スタート!」


 ハイテンションなアキトの号令を合図に勝負が始まった。

 俺と沖野御はまずは方向性を決めることにする。


「どうすればいいんだ?」


 はっきり言って女子の服の事なんてわからん。正直なところ、丸投げするしかないのが本音だが。


「うーん、アタシが全部決めちゃってもいいけど」

「いや、それをやると失格にされそうだ」

「あー、ただ単にアタシの好きな服を選ぶだけじゃダメってことか」


 沖野御の言葉に同意するように頷く。


「重要なのは二人の意見を反映させることだろうな」

「じゃないと男女で組んだ意味ないもんね」

「ああ。つまり勝利条件は意外性だ」

「意外性」


 沖野御が真剣な眼差しで俺を見ている。


「沖野御一人ではまず選ばないであろうファッションを選ぶ」

「えー、大丈夫かなぁ……」


 言っておいてなんだけど大丈夫か? つまり俺がファッションテーマを決めるってことじゃないか……。


「じゃあ、そうしよっか。成嶋くんはどんな服が好み?」


 どんな、と言われても困る。

 俺はその問いに対する明確な答えを持っていない。


 考えを巡らせる。

 可愛い系、清楚系、美人系。まぁ色々あるわな。とはいえ、飛びぬけて興味を引かれるかと言われればそうでもない。

 どれも似合うだろうが、意外性という点では欠ける。


「なにか、なにかないか」


 こういう時、いくら頭をひねったところでいい案は出てこない。重要なのは発想だが。考えるだけでそれが浮かぶのは天才だけだ。

 凡人にはきっかけが必要だ。なにかきっかけ、刺激が。


 そう思い視線を店の外に向ける。

 モール内を歩く人多いが、琴線に触れる様な服装の人は無い。

 その時、視界にあるモノを捉えた。向かい側の店、音楽ショップ。


「一つ、思いついた」

「なになに?」


 俺はその名案を沖野御に耳打ちする。


「あーなるほどね。成嶋くんそういうの好きなんだ」

「いいと思うけど、どうだ?」


 沖野御は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら答える。


「ありだと思う、それでいっちゃお」


 テーマは決まった。俺たちはそれに合う服を見つけるため店内を回る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る