第16話


 黄金週間とはよく言ったもので、この期間中の経済効果はゴールドラッシュを彷彿とさせる。

 多くの人がきんを得るために集まりかねを使う。


 何が言いたいかと言うとそれくらい混雑しているということだ。


「意外と暑い……」


 いつもの駅前はいつも以上にごった返している。人混みの中、差し込む太陽にあてられ続けていると今が五月だということを忘れそうだ。

 温暖化の影響か、もともとこんなものかは正直どうでもいい。いま、ここで暑いという事実に変わりない。


 約束より早く来てしまったことを後悔しつつも、逆に俺のせいで待たすようなことにならなくて良かったと考えるようにする。


 そんなことを考えているうちに待ち合わせ時間の5分前になっていた。


「おはよー成嶋くん。だいぶ待ったかな?」


 集合場所に現れたのは沖野御ともう一人。彼女の親友、三倉ミクであった。


「いや、そんなでもない」


 沖野御はやはり、派手過ぎずともしっかりと着飾っていた。学校でみる彼女とは当社比二割り増しといったところだ。

 別に俺とアキトのためにしているわけではないのだろうが、こうしておしゃれしてきているという事実は無視できるものではない。


「やっぱ学校で見るのとは違うな。似合ってるよ」


 あからさまな表現を避けつつ、今日の服装について言及する。


「ありがと」


 すこし恥ずかしそうな反応があざと可愛い。

 その様子を見ていた三倉がジトッとした視線を俺に向ける。


「ねぇ、ウチもいるんだけど。二人でイチャイチャしないでよ」

「あー、悪い。三倉も可愛いよ」

「ありがとー」


 こなれた反応。これくらいあからさまな方がこちらとしてもやりやすいのかも。


「さて、あとはアキトだけだが」

「おまたせー」


 アキトは珍しく時間通りに現れた。


「早いな」

「えー、時間通りじゃん」

「だから言ってんだ」

「ナル君ひどい」


 ともかく、全員揃ったところでさっそく出発する。


 今回はそこまで遠出はしないが電車で移動だ。

 駅に入り改札を抜ける。ホームでの待ち時間はアキトのバカ話で暇つぶしだ。


 電車に乗り何駅か通過、目的地に到着する。

 地元のそれよりもはるかに大きな駅、圧倒的な人の数にすこし圧倒される。


「最初はどこに行くんだっけ?」


 駅構内、前を歩く沖野御と三倉に今日の予定を尋ねた。


「まず最初は映画だよ」


 沖野御がスマホの画面を見せながら言う。映し出されているのは今話題の恋愛映画だ。

 正直、アキトが上映時間を起きたまま乗り越えられるか今から不安だ。


「予約もバッチリだから」


 そう言いながら今度は三倉がスマホの画面を見せる。

 そこにはカップル割と表示されている。


 深い意図はないのだろうが少しドキリとする。こういう時、アキトの性格が羨ましくなる。


「学割より安いのか?」


 ちょっとした疑問がわいた。


「ううん、一緒の値段」


 それ以上何かを言うのはやめた。何を言っても墓穴を掘りそうだ。というか今掘りかけた。


「ただねぇ、4人並びの席は確保できなかったから二組に分かれないとだけどね」


 そう言いながら三倉は意地の悪い笑みを浮かべている。まさかとは思うが、狙ってやってないだろうか?

 ちょっとした不安を感じつつも映画館に到着する。


 予約をした女子二人が手続きをしている間に男二人は飲み物を調達する。

 こういうところの飲食物は値段が高い。

 しかし、俺にはバイト代があった。一か月まるまる働いたわけではないので額は大したことは無いが、それでも学生としてはバカにできない額だ。


「ねぇナル君」

「なんだ? 金なら貸さないぞ」

「…………」

「図星かよ」

「冗談だって」


 アキトは常に冗談みたいな男だからその反応が本当にそうなのかはわからない。


「じゃなくてさ、どっちと座りたい?」


 アキトの喋り方は、先ほどの冗談を言った時とはトーンが少し違うように感じた。だが、多分気のせいだろう。


「……どっちでも」

「本当にどっちでもいいの?」


 そう言われて俺は少し考えた。


「俺らで一組という選択肢も――」


 言いかけたところでアキトがゴミを見る様な視線を浴びせてきた。


「……冗談だからな」


 その選択肢は完全に消える。


「お前はどうなんだよ……」

「僕、ナル君以外なら」


 少し考えを巡らせる。ここで迷うのも変だし、こう言っているアキトに無理やり決めさせるわけにもいかない。


「なら、沖野御かな」


 三倉よりは沖野御との方が接点がある。となると、この選択はおかしくないはず。


「だよねー」


 なんだろう。アキトは同意しているが俺とコイツは同じことを考えて居るとは思えない。


「向こうもその方が良いと思うし」

「お前と一緒だといびきで集中できないしな」

「そういう意味じゃない」


 どういう意味なのかは考えない。考えて思いついたところでそれが正解かはわからないからだ。


「おまたせー」


 そうこうしているうちに沖野御たちが戻ってきた。ちょうど俺たちも飲み物とポップコーンを買い終えたところだ。


「何味にしたの?」


 沖野御は俺にそう訊ねながらポップコーンを一つ摘まむ。


「キャラメル」

「成嶋くん、甘いのすきだよね」


 沖野御はそう言うともう一口、さらに二口とポップコーンを食べる。


「食べつくすなよ……?」

「そ、そんなことしないし!」


 沖野御は顔を赤くしてふくれっ面をしている。あざと可愛い。


「はいはーい、イチャついてないでさっさと行くよー」

「イチャついてないし!」


 三倉から券を手渡される。俺と沖野御の二人分で席番号が隣り合っている。

 ……初めから組み合わせは決まっているじゃないか。


 ちらりとアキトと三倉に視線を向けると何やら二人してニヤニヤとしている。

 その意図については深く考えない。


 ともかく、俺たちは二組に分かれて館内に入った。


 流石に、連休中ということもあり混雑している。しかも、恋愛映画と言うこともあってカップルが多いし、カップル以外は女子グループしかいない。

 極端に男性比率が低いのを気にしつつ席に座る。


「楽しみだねー」

「評判いいみたいだな」


 気になったので映画のあらすじを調べていた。感動系の純愛映画らしいが、人が死ぬタイプではないようだ。

 そうこうしているうちに照明が消え、予告映像が始まる。意外とこういうのも面白い。


「あーこれ面白そうだな」


 アメコミヒーロー物の映像が流れたところで思わずそう呟いた。


「男の子ってこういうの好きだよね」

「まぁ、爆発とかアクションとか単純なのが好きだな。中身が単純だから」

「ふふ。なら、今度はこれ見に行く?」

「俺は良いが。三倉とかはこういうのはどうなんだ?」

「だったら二人でいいじゃん」


 その発言に少しドキッとする。薄暗いから表情がわからないのが救いだ。


 そして、いよいよ映画本編が始まった。

 評判通りストーリーは結構面白い。だが、それと同じくらい沖野御のリアクションが興味深かった。

 決して騒いでいたわけではない。ただ、笑うべきところで笑い、泣くべきところで泣く。その感受性と豊かな表情は印象深かい。


 画面と沖野御、両方を鑑賞しながら時間は過ぎていった。

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