第15話


 休憩を終えたタイミングを見計らったように店の扉が開く。入店を知らせる鈴の音が

静かな店内に響く。


「いらっしゃいませ」


 客を出迎えるため入り口を向かう。すると、見知った顔がそこには並んでいた。


「モモさーん、遊びにきたよー」

「やっほー、ナル君」


 沖野御とアキトだ。更にその後ろに二人いる。

 久遠と壱岐が相変わらず気怠そうな表情を浮かべていた。


「イラッシャイマセー、コチラニドウゾー」


 自分でもわかるくらい笑顔が引きつっている。仕事中だから友達感覚でいるわけにもいかない、とはいえ完全にビジネスライクにはいかない。

 めちゃくちゃやりにくいし、そんな俺の様子をアキトは面白がっている。


「くく、ナルキもそういう顔になるんだね」


 モモさんまで俺を面白がっている。完全にアウェーだ。


「やりやすいようにやりな。他に客もいない」


 モモさんの言葉に甘えることにする。友達4人を相手に営業スマイルは辛い。


「今日は何の集まりだ?」


 席に着いた4人にお冷とおしぼりを配りながら尋ねる。一行のまとめ役と思われる沖野御が答えた。


「今度の連休にみんなで遊ぶ相談。成嶋くんも行くでしょ?」


 五月の連休、後半はバイトが入っているが前半はそうではない。一応、モモさんの方を見てみる。


「ぐっ――――!」


 サムズアップ、からの放送コードに引っかかるハンドサイン。幸い、他の4人は気付いていない。

 俺もハンドサインで返答する。黙ってください。


「バイトの日以外なら」

「おっけー」

「その前に注文をどうぞ」


 手早くオーダーを決め4人は本題に入る。俺は少し離れてカウンター近くからその内容に耳を傾ける。

 まずは全員の予定をすり合わせるところなのだが、すでにその時点で躓いている。


「ナル君はバイト、マエちゃんも後半は都合が悪い。けど久遠さんと壱岐くんは前半に予定があると……。うん、無理だねこれ」


 アキトが結論を出す。残念だがその通りだ。


「うーん、仕方ないね」

「ごめん……」

「千代ちゃんが謝ることじゃないよー」


 沖野御と久遠はタイプの違う二人だが、意外と仲良くやっている。

 むしろ、正反対の性格だからこそ程よい距離感を保って良好な関係を築けているのかもしれない。


「サイン会なんでしょ? 壱岐くんと」

「うん」


 その話を聞いて漫画の展開を思い出す。たしか、ミステリー作家の新作発売を記念したサイン会に二人で行く展開だったはず。

 やはり、俺が何かしなくても順調にイベントは発生するようだ。


「みんなで何かするのは夏休みにしよっか」


 沖野御がそう言うとにアキトが不満そうにこたえる。


「気の長い話だねー、テスト二回も挟むんだよ」

「あー、アキくんは補習確定だもんね」

「マエちゃん酷い」


 実際、この4人の中で一番のバカはアキトだ。夏休みが補習に費やされる可能性は否定できない。

 モモさんから注文の品を受け取り、配膳のタイミングで俺も会話に加わる。


「そういえば、三倉は今日もいないのか」


 学校では沖野御とセットで行動している三倉だが、前回ここに来た時と同じく今日も姿が無い。


「ミクはバイトだって。あの子は働き者だから」


 そういえば、放送部にも所属していたな。バイトに部活に、青春を忙しなくも謳歌しているようだ。


「でも、連休前半は空いてるって! 千代ちゃん達は無理だけどミクも合わせて4人でどっか行こ!」

「なら、詳細は三倉も交えて決めないとな。もう、スマホで連絡とればいいだろ」

「じゃあ、今夜にでも決めよっか」


 そんなことを話しているとふと気づく。


「そういえば、沖野御はいつからバイト始めるんだ?」


 以前、沖野御も俺と同じくモモさんのところでバイトをすると言っていたが結局、今日までそれは実行されていない。

 なにか事情でもあるのだろうか。


「マエちゃん、実はもう面倒くさくなったとか」


 意地悪そうな顔をするアキトに沖野御は無言でチョップをする。

 そして、取り繕った笑顔で言う。


「連休明けからかなー」

「ですってモモさん」

「OK、言質取ったわ」


 モモさんがスマホを俺たちに向けている。画面にははっきりと録音と表示されていた。


「そんなことしなくてもちゃんとやるから!」


 おそらく、バイトの時間中にモモさんからいじられまくる可能性に気付いて躊躇していたのだろう。だがな沖野御、それ差し引いても時給は良いし待遇も良いんだぞ。

 コンビニバイトよりはるかに人道的だ。


「そういや、ナル君はウェイターだけ? 料理とかコーヒー淹れたりはしないの?」


 アキトがクリームソーダのアイスをつつきながら聞いてきた。


「こういう飲食店のバイトは普通、調理担当と給仕担当に分かれるもんだからな」

「でも、そのうちやってもらうよ」


 モモさんのその発言は初耳だった。


「料理とかは覚えて損は無いし、時給も上げるよ」

「やります」


 考えるよりも早く口が開いていた。

 貧乏学生の悲しい性か、昇給チャンスを逃せない社会人の性か。


「それに、バーテンダーとバリスタはモテるよ」


 アキトが立ち上がる。壱岐がそれを無理やり座らせている。


「だれ情報ですか?」

「アタシ」


 それはモモさんの趣味では……?

 という疑問はさておき、豆からコーヒーを淹れるというのは興味がある。実利を得ながら技術を学ぶ機会と言うのは無駄にするべきではない。


「ホントは接客に慣れるまではそんな暇はないと思っていたけど、実際はあれだけできるわけだし」

「へー、ナル君って意外とちゃんと働いてるんだ」

「どういう意味だおい」

「だって、ねぇ……」


 アキトが隣に座る壱岐に同意を求めている。壱岐は俺の頭、染髪された髪の毛とピアスに視線を向ける。


「見かけによらず」


 もはや天丼になっている。ツッコむ気にもならない。


 そんな感じで、俺のバイトの時間は楽しく過ぎていった。

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