第三章 イマドキ女子は間違わない

第14話


 あの致命的な失敗から数週間が経過した。

 その間、特に何事もなく日常を過ごしていた。いや、バイトを始めたくらいの変化はあった。


 俺は方針を変えることにした。

 久遠と壱岐の関係を進展させるため、余計なことをすれば、俺が関わろうとすれば予想外の方向に転ぶ。

 だから、必要以上に作為的な行動をとることをやめた。


 壱岐はラブコメの主人公だ。なら、ラブコメの神が上手いこと運んでくれる。ってのは都合のいい考え方だな。

 とはいえ、俺がここにこうしていること自体、都合が良すぎるわけだから、あながち否定できないんじゃないだろうか。


 ともかく、俺が何もしなくても発生するべきイベントは発生するはずだ。なら、おとなしくそれを待とう。


 そんなわけで、ここしばらくは高校生活を純粋に過ごしているわけだ。

 今日も今日とて、勤労学生とはいかないが労働にいそしむ。


 土曜日、バイト先に到着した俺は店の制服に着替える。黒と白のクラシックな給仕服だ。


「おはようございます、モモさん」

「おはよー。ふぅん、だいぶ様になってきたね」

「そうですか?」


 店長のモモさんとは会うたびに仲良くなっている。

 年齢差をそれほど気にさせないフランクさでありながら、年上の余裕を兼ね備えた魅力的な女性だ。正直、俺が元の年齢だったらモモさん目当てに通い詰めていた可能性まである。


「じゃ、いつも通り頼むよ」


 長い黒髪のポニーテールを揺らしながら、モモさんは昼の営業の準備をしている。

 それほど広くない店内ではあるが、これまで一人で店を回せていたのはモモさんの能力の高さゆえだ。


 それでも、昼食時の店内は慌ただしい。

 給仕全般をすでに任されている俺は店内を右に左に忙しなく動き回る。


「モモさん、注文です」

「はいはい!」


 目が回りそうな忙しさが続く。しかし、昼食時が過ぎればそれも終わる。

 現在、店内に客の姿はなく休憩時間となった。


 モモさんは二人分のまかないを手早く調理してくれた。


「はい、チャーハン」


 差し出されたそれは確かに炒めた飯に違いは無いが、具材がモモさんの主張する料理名といささかかけ離れている。


「どっちかというとピラフですよね」

「焼いた飯は全部チャーハンだ」

「やだ、言い方が男らしい」


 会話の内容から考えると、俺とモモさんの性別は逆じゃないのか?

 とはいえ、モモさんのこの気さくな雰囲気は俺としては好ましい。


「ねぇ、ナルキ」

「なんですか?」


 モモさんは俺を名前で呼ぶ。そういうところもまた気風がいい。


「前にも聞いたけど、あんたホントにバイト初めて?」

「前にも言いましたけどそうですよ」


 嘘だけど。俺の精神を構築しているのは学生、成嶋鳴希だけではない。社会人だった俺も成嶋鳴希だ。その経験は失われていない。


「ホントにぃ? 違法な児童労働とかやってなかった?」

「嘘じゃないですって」


 労働はしていたがその時は児童じゃないしな。


「なんでそう思ったんですか?」


 俺の問いにモモさんは少し真剣な表情をする。


「客に対する接し方が違う。普通なら、不慣れからくる不安や恐怖みたいなものが、動きをぎこちなくする。けど、アンタの場合それがほとんどない」

「考えすぎですよ……」

「客商売やってるのよ、アタシは。人を見る目はある方だけど」

「男を見る目は?」


 スパーンと軽快な音が店内に響く。

 どこからか取り出したスリッパで頭を叩かれた。音だけで痛みは無い。


「ごめんなさい」


 モモさんはあきれた顔をしている。


「まったく……。アンタは見た目と中身のギャップが大きい」

「えー、そうですか?」

「さっきわざと茶化したのもそうだけど、妙なところで大人みたいな真似をする」


 冷汗が背中を濡らす。モモさんの観察眼は鋭い。本人も言っているように伊達に客商売をやっていない。

 俺の本質はばれる様な類のモノではないし、別に悪いことをしているわけではないが隠し事には違いない。それを見抜かれそうになるのは心臓に悪い。


「まぁ、アタシとしては教える手間が省けて良いけどね」

「そうそう、良い方に考えてください。単純に俺が優秀なだけですから」

「調子にのるな」


 額に弱い痛みが走る。デコピンをされたからだ。


「少し、真面目な話をするよ」


 そう言ったモモさんの顔つきが変わった。真剣な表情で、俺の両目を見据えている。

 モモさんの切れ長の目で見つめられると緊張感がある。


「ナルキはさ……」


 その空気にあてられ、思わず息を飲む。

 ゆっくりと口を開いたモモさんが言ったのは


「本当にマエと付き合ってないの?」


 拍子抜けする。

 先ほどまでの俺の緊張と冷汗は何だったのか。


「付き合ってないですよ」

「そこも不思議なのよね! アンタ本当に見た目と中身が全然違う!」


 今日一番のテンションを見せているモモさん。やはりモモさんも女性、そういう話が好きなのだろう。


「マエはちょろいから、アンタが真剣な表情で迫ったら一発よ」

「本人が聞いたら怒られますよ」

「居ないから言ってんの」


 モモさんは公共の電波に乗せたらモザイクがかかるようなハンドサインをしている。

 友達の娘になんてことさせようとしてるんだ。


「というか、何けしかけてんですか」

「アタシはね、心配なのよ。マエのことは妹や娘の様に思っているの。だから悪い男にだまされて欲しくないの」

「いやいや、だったら俺みたいなのけしかけちゃダメでしょ。この頭ですよ」


 金色に染められた髪の毛を引っ張って見せる。耳にはピアスまで付いている男なのだ。悪い虫の見本として展示されていてもおかしくない。


「ばーか。アンタは合格だって言ってんのよ」


 面と向かって言われるとかなり恥ずかしい。

 思わず目線を逸らしてしまう。


「欲を言えば、その髪を黒にして眼鏡でもかけて欲しいところね」

「それモモさんの趣味ですよね」

「だってガキ臭いもんその髪」


 今度はバッサリといかれた。自分の意志でしたわけでもないがこうはっきりと言われると傷つく。


「そうすれば見た目と中身が一致すると思うけど」

「まぁこんなこと出来るのも今のうちですから」

「また大人みたいなことを。まぁでも、その髪は女性客からの評判はいいわよ」

「マジですか」


 現金なもので男という生き物はそう言われると無条件に反応してしまう。


「ヤンチャ系の若い男が好きなオバ様方からだけど」

「ワー、ウレシイナー」


 モモさんの言葉に俺は常連客の姿が思い浮かんだ。平日の昼過ぎに訪れるその方たちは、よく考えればやたらと気さくに話しかけてきていたなと。

 なんせ、働き始めたばかりだというのに顔を覚えるくらいには距離感が近かった。


「実際、売り上げが少し上がったわ。二日に一回の頻度が毎日来るようになったし、必ずおかわりするようになった」

「お店に貢献できて何よりです」


 でもなぜだろう。そんなに嬉しくないし、次に接客するときに普通に笑えるか自信がない。


「……まぁ、若い子にも――――だけど……」

「え、何か言いました?」

「別に」


 余計なことを考えていたので聞き逃してしまう。

 モモさんはすでに食事に集中しておりもう一度きける雰囲気では無かった。

 仕方がないので俺もさっさと自分の分を食べる。


 もうすぐ次の客が来るかもしれない。バイトはまだ終わらない。

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