第12話


 放課後。

 午後の授業、睡魔との戦いに生き残った俺は帰り支度をする。

 目線を左前に向けると久遠と壱岐が会話をしているのが見える。


 昼食時の二人を思い出す。放課後、図書室に行く約束をしていたはずだ。

 連れ添って教室を後にする二人を見送ったところでアキトが近寄って来るのがわかった。


「ナル君いいの? あの二人ほっといて」

「……何がだよ?」


 心配している風を装い、おちょくるような態度のアキトに少しイラッとする。


「またまた。わかってるでしょー、そんなイライラしてるんだから」


 アキトに指摘されて気付く。

 あの二人が仲良くするのは何も悪いことじゃなく、むしろ望んでいることなのだ。それなのに俺が誤解されるような態度をとっているのなら改めなければならない。


「それより、どっか遊びに行くか?」

「おっ、いいねぇ。どこ行く?」


 露骨な話題逸らしだが、アキトは乗ってきた。


「あたしもいくー! いいでしょ!?」


 近くにいた沖野御が三倉を引き連れて参加してくる。


「マエちゃん達なら大歓迎さ!」

「だからマエちゃん言うなし」


 沖野御が軽いチョップを繰り出しながら言った。そう言いつつも本気で嫌がっているわけではなさそうだし、アキトもアキトでこの反応を楽しんでいるように見える。


「で、どこ行くの?」


 沖野御がワクワクした様子で聞く。

 俺は少し考えて現在の自分の欲求を素直に表明することにした。


「ドーナツ食いたい」

「「それアリ!」」


 今どきJKの二人が賛成を表明する。


「発想が女子! その顔で女子!」


 間髪入れずにアキトの脇腹に鋭い一撃を放つ。声にならない悲鳴を上げてアキトは悶絶する。

 もだえ苦しむアキトをしり目に俺たちはさっさと教室を後にした。




 夕方、駅前で解散した俺はいつものように近所のスーパーに来ていた。


 ようやく部屋の片付けも終わり、料理に挑戦するときが来た。いつもより若干遅めの時間ではあるが、相も変わらず店内は賑わっている。


 買い物かごを持ち店内を進む。

 今日のところ用は無いが、惣菜コーナーをチラ見する。案の定、弁当類は壊滅的被害を受けていた。ほぼ全滅、生き残りはやはり焼きサバ弁当だ。


「さて、献立はどうするか」


 精肉コーナーを眺めながら考えを巡らせる。

 手の込んだものを作れるほどのスキルは無い。かといって焼いた肉に焼き肉のたれをかけただけみたいな料理を叔母さんに出すわけにもいかない。


 迷っても仕方ない。

 割引きシールのついた牛肉、カット野菜をカゴに入れる。


「米はどうするか……」


 今から炊くのは面倒だし、そもそも制服姿で米袋を抱えて出歩きたくない。

 パックご飯が安パイだな。


 そう思いレトルト食品のコーナーを目指していると見知った顔を見つける。


「あ、ナルキ……」


 カップラーメンとにらめっこをしていた久遠が俺を見つける。


「何やってんだ?」

「買い物」

「それはわかるが」


 なんどかこのスーパーで久遠を見かけているが、カップラーメンを買おうとしているのは初めて見た。別におかしなことではないのだが、少し気になった。

 そこで思い出した。惣菜コーナーの惨状を。


「弁当、売り切れてたからか」

「うっ……」

「だから代わりにカップ麺か」

「うぅ……」


 久遠が少し恥ずかしそうにカップ麺を棚に戻す。

 他人の評価を気にしない久遠といえど、流石に乙女的にNGのラインだったようだ。


「そっちこそ、今日も焼きサバ弁当……」


 俺の買い物かごを除き込んだ久遠が絶句する。予想以上の反応に、思わず悪い笑みが浮かんでしまう。


「焼きサバが、なんだって?」

「……焼きサバじゃない」


 久遠の片目に動揺の色が浮かんでいる。自分の予想が外れたことでいつもの気怠そうな表情が崩れている。


「まさか、まさか……」


 買い物かごと俺の顔を交互に見ている。

 久遠は信じられないようだ、俺が料理をする――


「そのまま食べるの?」

「そんなわけないだろ!」


 思わず全力のツッコミをしてしまう。


「……料理、できるんだ」


 久遠のテンションがいつもの調子に戻っている。すっかり主導権を取り戻されてしまった。


「料理と呼ぶにはおこがましいがな」

「……嫌味?」


 うらめしそうな視線を浴びせられる。特にそういった意図はなかったのだが、久遠は意外とそういう女子力的なことも気にするようだった。


「はぁ、もういい」


 吹っ切れたのか素直にカップ麺をカゴにいれている。

 あまり茶化すのも可愛そうだ。


「じゃ、そろそろ行くわ」

「ん……、また学校で」


 久遠と別れ、残りの買い物を済ませる。


 目当てのモノが揃ったところで会計を済ませるためにレジに向かう。

 レジ周辺は多くの人で混雑しており、順番待ちの列が出来上がっている。


「あぁ、めんどくせぇ」


 ぼやいたところで順番が早くなる訳でもない。俺に出来ることは黙って列に並ぶことだけだ。


 比較的、人が少ない列を見つけたのでそこに並ぶ。しかし、そこにはまたまた見知った顔がいた。


「……また?」

「仕方ないだろ」


 呆れ顔で俺を見る久遠。


「ストーカー……?」

「人聞きが悪いな」


 いわれの無い非難に抗議する。

 そうこうしているうちに列が進む。この会計が終われば次は久遠の番だ。


「よし……」


 久遠が床に置いてあるカゴに手を掛ける。カゴの中にはカップ麺の他には2リットルのペットボトルが三本入っている。

 久遠の細い腕にはそれが大きな負担であることは見て取れた。


「貸してみろ」


 カゴの両端を手にする。


「い、いいよ。持てるから」


 久遠が少し申し訳なさそうに言った。

 別に大したことではない。そう言おうと思い顔を上げると


「遠慮する――、な」


 気恥ずかしそうにこちらを見る久遠と視線が交差する。

 俺を見下ろすようにしている久遠は、前髪に隠れていた顔が露になっておりいつもよりその表情がはっきりとうかがえる。


「……よし」


 なぜだか顔が熱くなった。思わず目線を逸らしてカゴを持ちあげる。


「ありがと」

「おう……」


 大したことではないのにすごく恥ずかしい。なぜだろう。


「次の方どうぞ」


 いつの間にか前の客は清算を終えていた。久遠は慌てて財布を取り出している。

 すると、俺たちのやり取りを見ていた店員のお姉さんが言う。


「お会計はご一緒ですか?」


 その視線は俺のカゴを見ている。


「違います。私だけです……!」


 気付けば久遠も顔を赤くしている。店員さんの母性溢れる笑顔が恥ずかしく感じる。

 俺たちは、ぎこちない動きで会計を済ませる。


「ありがとうございましたー」


 買った品物を袋に詰めたところで俺は久遠に聞く。


「家は遠いのか?」

「え、この近所だけど」


 それを聞いて俺は久遠の買い物袋の一つペットボトルが2本入っている方に手を掛ける。


「近くまで持つ」


 キザったらしくて恥ずかしいが、このまま何もしないのもしないで気が引ける。


「……かっこつけすぎ」

「うるせぇ」


 なにやら、先ほどの店員さんの視線を感じる気がするが気のせいだと思いたい。

 ともかく、スーパーを後にした俺たちは特に会話も無く帰路に着いた。

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