第11話


 学食内はそれなりに賑わっていた。

 パッと見たところ、上級生の方が割合的に多い。というか、一年生が極端に少ないのか。


 ともかく、早々に席を確保しそれぞれ好みのモノを注文する。学食のオバちゃんたちの手際はよく、すぐに全員分の昼食が揃った。


「いただきまーす」


 全員が席に着いたのを待っていた沖野御が食べ始める。彼女は弁当なのだから先に食べ始めることも出来たのに律儀に待っていたようだ。


「ナル君、何にしたの?」


 アキトがコンビニのおにぎりを頬張りながら俺のお盆を除き込む。


「肉うどんといなり」

「うわー、面白みゼロー」

「なんで昼飯で笑い取らなきゃいけないんだよ」


 いつもの事かもしれないがアキトのテンションが高い。


「壱岐くんは何したの?」

「ラーメン」

「ふーん」

「聞いといてそれ?」


 アキトが興味なさそうに反応している。当然、壱岐は不満そうにこたえる。

 そんなやり取りをしていると学食内に設置されたスピーカーから軽快な音楽が流れ始める。


「あ、始まった」


 沖野御が反応した。楽しそうにしているのが見てわかる。不思議に思ったので聞いてみることにする。


「何の放送だ?」

「放送部のお昼の校内ラジオだって。ミクが放送部だから聞いたの」

「あー、だから今日は三倉がいないのか」

「そうそう。と言っても、ミクは新入部員だから今日は雑用だけなんだって」


 沖野御が卵焼きを頬張る。ちらりと見える弁当の中身はどれも見た目から細やかな調理をされていることがわかる。

 しかし、クオリティはともかくボリュームが物足りないように見える。おいしそうであることには間違いない。


「毎週、火曜と金曜が放送日だって。曲のリクエストも募集してるって」

「あっ、じゃあ僕。こんど投稿してみようかな」

「えー、秋勇里ってなんか変なのリクエストしそー」

「しないって! 僕のことなんだと思ってんの!?」

「久遠さん、言ってやってよ」


 ひとり黙々と昼食を食べていた久遠に沖野御が話題を振った。あわてて口の中のモノを飲み込んだ久遠がこたえる。


「小学生?」


 疑問形なのがせめてもの救いだろう。ぶーぶー文句を言うアキトを無視して俺は久遠に更に話題を振る。


「久遠は部活とかはやらないのか?」


 俺は答えを知っているがあえて聞く。そもそも重要なのは壱岐と久遠を近づけることだ。会話をそちらに誘導しなければならない。


「……めんどくさい」

「ナル君と一緒の反応だ」

「何か好きなこととかないの?」


 沖野御が質問する。


「……読書とか」

「あー、休み時間とかよく読んでるよね! だったら文芸部とかいいんじゃない?」

「読むのが好きなだけだから」


 話題が久遠の趣味になったところを見計らって行動を起こす。


「壱岐は何か趣味は無いのか?」


 この質問、当然のように俺は答えを知っている。だからこのタイミングで聞いたのだ。


「俺も読書かな」

「なに読むんだ?」

「ミステリーとか」


 久遠の目が少し輝いた。首を上げ壱岐に視線を向ける。

 青みがかった黒髪が揺れて普段は隠れて見えない片目がちらりと覗ける。


「誰の作品が一番好き?」

「え、俺は――――」


 共通の趣味、それは人間関係を進展させるうえで重要な要素だ。

 壱岐藤太郎と久遠千代はともに読書、それもミステリー推理小説を好む。これは漫画の展開でも同様だった。

 共通の趣味が発覚してから二人の関係はただのクラスメイトから読書仲間に発展する。俺はそれを利用した。


「なんか、久遠さんいつもより楽しそうだね」


 ミステリーの話題で盛り上がる二人を見て沖野御が言った。

 確かに、その通りだ。普段は気怠そうな表情を張り付けている久遠がここまでくだけるのは珍しい。

 その姿を見て、俺は漫画内で久遠がミステリーの話題で盛り上がったシーンを思い出した。


 見開きのページだった。

 いつもの眠そうな目を輝かせ、達観して変化の乏しい顔にその時は笑みを浮かべ、口数の少ない彼女が次々に話題を発する。

 その姿を見た時からかもしれない。

 俺が久遠千代と言うキャラクターを好きになったのは。


 その時と同じ展開が今目の前で繰り広げられている。

 その時と同じ表情を壱岐に向けている。


 あの時は主人公に向けられている彼女の笑みにドキッとした。


 今は――、なぜだろう。

 少しもやもやするのは……。


 俺は何かミスをしただろうか? そんなはずはない。予定通りに作戦は成功した。


 なら、なんでこんなに不安なんだ?


「そういやナル君」


 俺の心境などお構いなしにアキトが話しかけてくる。


「なんだよ」

「結局、バイトはどうすんの?」


 それを聞いてこの前の土曜日に行った喫茶店を思い出す。

 落ち着いた雰囲気に愉快な店主、労働環境としては申し分ないし、時給も悪くない。


「やるよ。話はもう通してもらってる。なぁ、沖野御」

「うん、モモさんも助かるって。今週末に書類揃えて持って来てって」


 とりあえず、金銭問題は解決しそうだ。こっちは割と生活面に直結するからな。


「よし、働き始めたら邪魔しに……遊びに行くよ!」

「そうか、歓迎するぞこんな風に」

「いだだだだ! ごめんなさい!」


 いつものように耳を引っ張ってやる。


「あたしもバイトしようかなー」


 沖野御が自分の手に施しているネイルを見ながら言う。今どきのJKは金がかかるのは察することができる。


「マエちゃんも同じとこでやるの?」

「マエちゃん言うなし」


 沖野御が俺を向きながら自分の耳を引っ張る動作をする。さらっと名前呼びしたアキトに対して制裁を要求していることがわかった。なので要望通りにしてやる。


「あだだだだ!」


 悶絶するアキトを見て満足げな顔を浮かべている。


「で、沖野御もモモさんとこで一緒にやるのか?」

「そうしようかなー。モモさんなら融通聞きそうだし」


 友達が一緒の職場というのはありがたい。


「そうなったらよろしくね」


 これから先の展望を考えつつこの日の昼休みは過ぎていった。

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