第10話


 翌日の朝、昨日と同様に時間に余裕を持って登校する。教室の扉をくぐって最初に確認するのは窓際一番奥の列、前から二番目の席だ


「いるな……」


 そこには昨日の休み時間と同じ姿勢、つまり机に突っ伏して熟睡体勢の壱岐の姿があった。


 神は死んだ。

 ニーチェの真意とは違うが、そう言わずにはいられない。

 俺の祈りは届くことなく結局、壱岐藤太郎は初登校の翌日の朝は遅刻をしなかった。


 結果、久遠千代との出会いのイベントは発生せずフラグが一つへし折れてしまったのだ。

 原因は俺の浅はかな行動のせいだ。


「おはよーナル君」

「あ、成嶋くんおはよー」


 教室に入ってすぐのところでアキトと沖野御に会う。

 沖野御が俺の表情をみると心配そうに言う。


「顔色悪くない? 大丈夫なの?」


 どうやら俺は、顔に出るほど落ち込んでいるようだ。

 自分のやらかしというのはいくつになっても堪える。


「なんでもねーよ」

「そう? 無理しないでね」


 自己嫌悪でふて寝したいところだが落ち込んでもいられない。

 こうなった場合の案も練っている。


 自分の机の上にカバンを放り投げ席につく。視線を壱岐の方に向けながら昨晩考え抜いた名案を思い出す。

 自然と笑みがこぼれるのがわかる。


「見てみな沖野御さん。これがナル君の悪い顔だよ」

「わーホントだー。確かに悪人面だねー」


 見られてた。恥ずかしい。


「僕がこの顔を最後に見たのは中学2年の時だ。その時は――」

「わーやめろ! その話をするな!」


 俺がやったことだが、厳密には俺ではない。ともかく、今の俺の世間体を悪くするようなことはアキトに言いふらされるわけにはいかない。

 もっとも、アキトの顔を見れば元から言いふらすつもりが無い事がわかる。俺が慌てて止めるのをあからさまに楽しんでいる。


「えーなになに!? 教えてよ!」

「勘弁してください……」


 俺は肩を揺らす沖野御にされるがままだ。

 そんな風に三人でじゃれ合っていると


「おはよ……」


 ようやく登校してきた久遠が俺の席の後ろを通る。

 俺の席は窓側から三列目の最後尾、必然的に二列目から二番目に座る久遠の通り道になるわけだ。


「……なんの話?」


 盛り上がっている俺たちを見た久遠が興味を示したようだ。沖野御が先ほどのやり取りを説明すると久遠がゴミを見る目で俺に言う。


「セクハラ」

「まて、詳細は聞いていないだろ!?」

「聞かなくてもわかる、どうせ女がらみ」

「見た目で判断したな、今見た目で判断したな?」


 とりあえず隣で爆笑しているアキトの腹を一発殴りつけておく。

 沖野御からたしなめられた所で時間切れになる。始業のチャイムが鳴ると担任が入ってきた。


 午前中の授業は無難に過ごす。

 正直、今更高校生の授業を聞いて理解できるのか心配だったが意外となんとかなった。


 そして昼休みがやってきた。

 午前中最後の授業を終え、クラス内がざわつき始める。

 机をつなげて弁当を広げる者、購買争奪戦に参加すべく大急ぎで出撃する者など様々だ。


 さて、では始めるとするか。


 自席を立って行動を開始する。向かった先は


「起きろ、壱岐。昼休みだぞ」


 午前中の最後の授業後半から糸が切れたように机に突っ伏していた壱岐を起こす。


「あー……そう」


 この男、昨日の昼休みもずっと寝ていた。放っておいたら今日もそうなっただろう。

 漫画の展開では、そんなことを繰り返していたから正妻ヒロイン二上双葉が気にかけるのだ。つまり、このまま放置すれば二上双葉のフラグが立つ。阻止しなければ。


「昼飯いくぞ」

「あれ、ナル君。今日はお昼買ってないの?」


 アキトがカバンからコンビニの袋を取り出しながら言った。俺とアキトは普段は昼飯を事前に購入している。

 しかし、今日は違う。忘れたわけではない、作戦通りだ。


「学食行こうかと思ってな」

「えー、それなら先に言ってよ!」


 アキトが抗議の声を上げるが無視する。コイツの都合は別にどうでもいい。


「眠い……けど腹は減った」


 何とか起き上がった壱岐と、文句を言いつつも付いてくる気満々のアキトが立ち上がる。

 俺はもう一人の目当てに声をかける。


「久遠も行くか?」

「私……?」


 我関せず、といった様子で自席に座って本を読んでいた久遠が反応する。

 久遠は普段、時間差で購買に向かい売れ残ったパンを買っている。性格上、パンごときで人込みに飛び込む気にならないのだろう。


「余り物のパンより良いだろ?」

「まぁ、確かに」

「学食のプリンが意外とうまいらしいぞ」

「プリン……!」


 拒否される前に久遠が行きたくなるように誘導する。


「なら、行こうかな……」


 プリンの一言が効果的だったようだ。予定通り、久遠を誘うことに成功した。


 壱岐と久遠を学食に誘う。俺の作戦の前提条件だ。

 俺の致命的な失敗は、二人の出会いイベントを潰してしまったことだ。ならば、それに代わるイベントを提供すれば良い。

 俺が二人が一緒に行動する理由を作り、二人の仲を進展するきっかけにする。そうすれば、俺のイベント潰しの挽回をしつつ、二上双葉のフラグも折れる。一石二鳥だ。


「ナル君、ナル君!」


 アキトが小声で話しかけてくる。


「壱岐くんダシにしてうまいこと誘うね、流石だよ」


 アキトが余計な勘繰りをしている。否定するとめんどくさいことになりそうなのでチョップで済ましてやる。

 ともかく、作戦通りに学食に向かうことにする。すると、


「あ、よかったらお昼いっしょにどう?」


 可愛らしい包みを持った沖野御が話しかけてきた。手にしているのは恐らく弁当だろう。

 俺は沖野御を見てあることに気付いた。


「あれ、一人か?」


 沖野御は普段、彼女の友達である三倉ミクと昼食を食べている。しかし、今日は三倉の姿が無い。


「ミクが部活で今日は一人なんだー。他の子もみんな委員会とかでさ」


 久遠と違い、沖野御の交友関係は広い。しかし、今日はどうも運が悪いようだ。ここで拒否するほど俺は薄情ではない。


「こいつらと学食行くんだが、それでもいいか?」

「もちろんだよー、いくいく!」


 一人増えたが問題ない。

 ようやく学食に向かおうとしたところでアキトが俺の肩に腕を乗せて言う。


「ナル君ナル君!」

「なんだよ……」


 楽しそうなアキトにうんざり気味にこたえる。


「壱岐くん使って何人たぶらかすの!?」


 そういう意図はない。というか、アホの癖に誑かすとかよく知ってたな。

 口には出さずにツッコむ。


「ことわざにあったよね。エビで鯛を二兎追うものあぶはち釣らず」

「混ざってるし、意味違う」

「……、両手に花?」

「お前と壱岐が邪魔だな」


 鬱陶しいアキトを振りほどき、ようやく学食に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る