第8話
駅前の通りから裏道に入ると、人通りはぐっと少なくなる。しかし、それは寂しいというよりも落ち着いていると表現するのが正しい。
沖野御が紹介してくれた喫茶店もまさしく落ち着きのある佇まいであった。
「こんにちはー。きたよーモモさーん!」
沖野御を先頭に店内に入る。
外観からもわかるように、店内もまたそうであった。
木目調の内装に、ゆったりとした座席。会話を邪魔しないBGMが流れ、挽きたてのコーヒーの香りが店内を包み込んでいる。
「いらっしゃい、マエ」
店の主は沖野御の母親の友人。失礼ではあるが、そこから察する年齢と外見が一致しないくらい若々しい。20代と言われても何も反論の余地はない女性だ。
「奥の席をとってあるからそっちにどうぞ」
店長の言葉に従い、沖野御が俺たちを案内する。店内には数名の客がいたが、それぞれ自分たちの世界に入っているようで俺たちを気にする人はいない。
「僕、窓際ね」
アキトが早々に自分の席を確保する。必然、俺はその隣で廊下側に座る。
沖野御に促された久遠が向かい側の奥に座った。
「なに頼む?」
沖野御がメニューを開いて見せる。食い入るように眺めるアキトが邪魔なので、俺は遠めに眺める。
「悩む……」
口元に手を当てながら久遠が言った。その真剣な眼差しは先日スーパーで見せた袋菓子の二択を彷彿とさせる。
かくいう俺も決めかねている。飲み物の種類もそうだが、ケーキの種類も豊富で選択肢が多い。
ちらりと他の客のテーブルを見てみると、男性客もケーキ類を注文しているようで沖野御の評価が正しいことがわかった。
「決めた! 僕はピザトーストとコーラ」
アキトの言葉に俺たち三人は三者三様の反応を示す。沖野御はポカンとした顔を浮かべ、その後すぐにあきれ顔をする。
一方、久遠は『コイツ、正気か?』と言わんばかりの侮蔑を含んだ表情とジトっとした視線を浴びせており、アキトの精神年齢が彼女の想像のはるか下であることを痛感しているようだ。
かくいう俺も、呆れを通り越してかわいそうな子を見る視線を向けている。あまりにかわいそうなのでツッコミを入れてやる。
「お前、小学生か?」
「失礼な! 僕はただ自分の食べたいものを食べるだけだ!」
「やっぱ小学生じゃねーか」
普段なら多少空気を読んでクリームソーダなどの、“子供っぽいけどそういうのもあり”くらいの注文をするのだろうが、今日のところは自分の欲求を優先するようだ。
「私は、チョコケーキとブレンドコーヒー」
「あたしはフルーツタルトとカフェモカかなー」
アキトのことなど早々に興味を失ったのか、二人も自分の注文を決めたようだ。
となると残りは俺一人になるわけだが。
「うーん……」
悩みどころだ。
こういう時、ケーキか飲み物のどちらを先に決めるかで選択肢を絞る必要がある。
今回のところは“おいしいケーキ”というキーワードがあるためそちらに比重を置きたいところ。
となるとケーキを決めなければ先に進めないわけだが。
「ケーキ、悩むな」
「どれもおいしいよ!」
沖野御の評価が正しいことはメニューを見ているだけでも伝わって来る。魅力的な選択肢がたくさんだ。とはいえ、ここは男らしくバッサリと絞る。
迷った時の有力候補として“本日のケーキ”と言うものがある。店側に決定をゆだねる行為だ。ここでこれを選ぶのは簡単だが、自分の直感というのも捨てがたい。
俺の目に留まったのはアップルパイだ。
ざっと店内を見たところ提供されているケーキのクオリティは相当高い。となると、このメニュー欄の中で、本日のケーキの次に乗っているアップルパイ、非常に魅力。
「悩みすぎ……」
久遠の指摘はその通りだった。
まだ飲み物すら決まってないのだ。時間を掛け過ぎて待たせるのも悪い。
俺は自分の直感を信じることにする。
「よし決めた。アップルパイとミルクチャイだ」
「女子じゃん!」
間髪入れずにアキトのツッコミが決まった。
「女子! 注文が女子! その見た目で女子!」
左手で耳を引っ張ってやる。
「いだだだだ! ゴメンナサイ! 調子に乗りました!」
笑う沖野御とあきれる久遠。耳をぐりぐりと回してから手を離してやった。
「でも、秋勇里の言いたいこともわかるかも。注文がカワイイよね」
「うん」
女子二人からの指摘を受けて少し恥ずかしくなるがそれでもここで注文を変える方が恥ずかしい。
「いいだろ。これが食いたいんだ」
「小学生じゃん」
もう一度耳を引っ張るとアキトは謝罪の言葉を並べ立てたが、すぐには手を離してやらなかった。
アキトとじゃれ合っているうちにお冷を持った店主がテーブルまで来た。
「いらっしゃい」
店主は沖野御からモモさんと呼ばれている。
「マエが友達を連れてくるっていうから、どんな子かと思ったけど、へぇなるほどね」
モモさんは少し意地の悪そうな笑顔を浮かべている。俺とアキトを見比べると言い放つ。
「で、どっちがマエと付き合ってんの?」
モモさんの一言は沖野御を慌てさせるのには十分だった。
「ちょっと、モモさん! 違うからね!」
「えー、だってねぇ」
「はい、僕が彼氏です!」
「ぜったい違う!」
満更でもない顔をしながら名乗り出るアキトを沖野御は鋭く否定する。
一方、久遠は落ち着いた様子でお冷を飲んでいる。
「あー、じゃあこっちのイケメンか」
おっと矛先がこちらに向いたようだ。モモさんみたいな美人にイケメンと言われると照れ臭い。にやける顔を隠すために俺もお冷を口にする。
「モモさん、お願いだから、仕事して――」
「はいはい」
沖野御をひとしきりいじって満足したのか、モモさんはようやく伝票を取り出した。
「ご注文は?」
沖野御がまとめてオーダーをする。モモさんがそれを書き留め、ペンを動かす手が止まったところで言う。
「えー繰り返します。チャーハン4つ」
「モモさん!」
「わかってるわよ。ピザトーストと――」
終始、モモさんのペースにのまれていた沖野御だが嫌な顔は全くしていない。俺はそれを見て浮かんだ率直な感想を口にする。
「仲の良い姉妹みたいだな」
「お、君良いこと言うね! ギョーザをサービスしよう」
「モモさん……」
あきれ気味のツッコミも板についている。というか、モモさんのボケのレパートリーは中華料理屋なのか?
ひとしきり楽しんだ後、モモさんはカウンターの奥に消える。沖野御がため息を吐くと少し恥ずかしそうにしている。
「楽しい人だな」
「まぁ、うん。実際たのしいし、小さなころから知ってるから姉みたいには思っているけど」
ここでバイトをすることになっても少なくとも退屈はしなさそうだ。
その後、運ばれたケーキを楽しみながら俺の休日は過ぎていった。
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