第7話
土曜日の午前中はずっとそわそわとしていた。
理由は明白、今日の午後に入っている予定、女子高生と喫茶店、形式上はダブルデートだ。
着ていく服に悩み、髪形を整えまくり、落ち着きのない様子を叔母から散々いじられた。
ともかく、軽めの昼食を終えて予定より早めに家を出て待ち合わせ場所に向かう。
駅前に向かう道、家から出て数分も経たないところで見知った顔を見つけた。
「……ナルキ」
俺を名前で呼ぶ人物は二人だけ。一人は叔母、もう一人が
「よう、久遠」
久遠千代。
何だかんだ、入学してから毎日学校と学校以外で顔を合わせている。しかし、私服姿の久遠を見たのは初めてだ。
青を基調とした寒色系のファッション、白いスカートが陽の光を浴びて眩しく輝く。
制服の時は長袖に隠れていた白い肌と、青みがかった黒髪のコントラストが美しい。必要以上の飾り気のなさが素材の良さを強調しており、ただ着飾るだけでは埋められない隔絶した完成度を誇っているといっても過言ではない。
正直、このまますべての予定をすっぽかして眺め続けたいという欲求に駆られる。
「――、どっか出かけるのか?」
見とれたまま思考停止しようとする頭を無理矢理に動かして言葉を吐き出す。
「そっちこそ」
「俺は友達と遊ぶんだ」
「ふーん……」
聞いておいて興味なさげなのはどういう理屈なのだろうか?
「なんで不満そうなんだ?」
思わず訊ねてしまう。
「別に……。おしゃれしてるからデートかなっと思って」
発言の意図がわからなかった。表情から感情が読めない。
久遠が無表情という訳ではない。嫉妬、不安、不満、嘲笑、喜び。様々な感情が浮かんでいるようにも、そうでないようにも見える。前髪に隠れたもう片方の瞳が覗ければそれがわかるのだろうか。
ともかく、冗談といえない本音かもわからない問いに対して俺はいつもの軽口を返すことができなかった。
「それはこっちのセリフだ」
言い放ったところでしまった、と思った。この時期に久遠にそういう相手がいないことを俺は知っているはずなのに、なぜか口から出てしまった、聞いてしまった。
「……おいしいケーキが食べれるところがあるって聞いたから、行ってみようかなって」
気まずい沈黙が流れる。
それを破ったのは俺からだった。
「美味かったら教えてくれ。こんど行ってみる」
「……好きなの?」
「甘いものは大体好きだな。見かけによらず」
自分の言いたい台詞を先にとられたからか、すこしうらめしそうな視線を向けられる。
「わかった、ID教えて」
画面を開いてスマホを差し出す。少し手間取りながら久遠は登録を済ませた。
その後、とぎれとぎれではあるが会話が続き、そうこうしているうちに待ち合わせ場所の駅前まで到着した。
休日の駅周辺は賑わっている。
「じゃ、俺は待ち合わせしてるから」
「ん、また」
軽い挨拶をして久遠と別れようとした時だった。
「あ、早いね成嶋くん」
人混みの中から俺を呼ぶ声がする。声の主は今どきJKの化身、沖野御マエだった。
私服姿の沖野御は、人混みの中にあってその存在感を放っている。
暖色系でそろえられた可愛らしいファッション。ふわっと広がるスカートに悪いと思っていても視線が吸い寄せられそうになる。
「実はミクが用事で来られないって――――」
そこで沖野御が久遠の存在に気付いた。俺と一緒にいるのが意外だったのか驚いた表情をしている。
「あー、そこでたまたま会ってさ。方角が一緒だったから」
なんだろう。まるで浮気男の弁解のようだ。
「そうなんだ! あ、よかったら久遠さんも一緒に行かない!?」
「え、私?」
話題を振られた久遠が意外そうに言った。
「あ、でも私……」
「何か予定あるの?」
「いや、えーと……」
助けを求める視線がこちらに向く。普段の落ち着いた久遠が弱っているのを見て少し嗜虐心をくすぐられる。
「俺は反対しない」
不干渉の意志を示す。それを聞いた久遠が少し不機嫌そうな顔をして手招きをした。
「……デートの邪魔じゃないの?」
「でっ――!? 違う違う! そういうのじゃないから!」
俺だけに聞こえるように小声で言ったのだろうが、沖野御には聞こえていたようだ。少し顔を赤らめて沖野御は否定している。
「今日はあたしと成嶋くんの他に二人いて四人なの! けど、一人急用で来られなくなったからよかったらどうかなって!」
「わ、わかったから。落ち着いて……」
沖野御の勢いに少し久遠が押され気味になっている。先ほどまでの俺に対する不遜な態度とは違う。
「で、どこに行く予定なの?」
「アタシのママの知り合いの喫茶店で、ケーキがおいしいって評判なの!」
「ケーキ……!」
ケーキがおいしいという言葉に久遠が反応する。
「お店の名前はクロシェットっていうんだけど」
「え――」
店の名前を聞いて久遠が少し驚く。その反応で察することができた。
「目的地は同じだったのか」
「そうみたい」
「え、マジ!? ならちょうどいいじゃん!」
久遠は観念したのか抵抗の意志を示さなくなった。
話がまとまったところでようやく最後の一人がやって来る。
「おーい! おまたせー」
集合時間を5分ほど遅れてアキトが姿を見せる。
「遅刻だぞ」
「いやー、昼のバラエティが面白くてさぁ」
アキトに悪びれる様子が無い。
「ところでさ!」
アキトが飛び掛かるようにしてその右腕を俺の肩に乗せる。
「いやーさすがだねーナル君!」
顔のそばで囁くアキトに嫌悪感を含めた目線をむける。
それに気付いているのかいないのか、アキトはその姿勢のまま言葉を続けた。
「お目当ての久遠さんとこんなに早くお近づきになっているとは!」
アキトの言葉を聞いて俺はすぐに視線を久遠に向ける。久遠は沖野御の質問攻めにあっておりこちらの会話に気付いていない。
「バカ、聞こえるだろ!」
「あはは、焦ってるねぇ」
「後で殺す」
「ごめんごめん。でもちょっとくらい良いじゃん」
「何がだよ」
一瞬だけ、アキトの笑顔が崩れたように見えたが、すぐにいつもの人懐こい表情に戻る。
「三倉さんがいないから、3人だけだとお邪魔じゃん? いまも――――」
最後の方だけ声量が下がり聞き取れなかった。
「は、何だって?」
「なんでもなーい!」
ようやく俺の肩を離れたアキトが久遠と沖野御の方に向かう。
それを追いかけるように俺もそちらに向かった。
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