第6話
学校が半日で終わった今日、俺は真っ直ぐ家に帰る。昨日、途中まで進めていた部屋の片付けを再開した。
長年の生活習慣で荒れていた室内はパッと見てわかるところ以外も片付ける必要があった。
結局、一日二日で終わらず今日も時間だけが過ぎていく。
仕方ないのでキリの良いところまで終わらせると、夕食を調達するために昨日も行ったスーパーに向かう。
夕食時が近づいているためか、昨日と同じくスーパーは大変な賑わいであった。主婦たちに混じって買い物かごを手にして居る俺は、どうやらかなり目立つのかそれなりに視線を感じる。
ともかく、さっさと目的を果たしてしまおう。
人混みを避けつつ惣菜コーナーを目指す。お菓子コーナーに差し掛かったところでとある文字が俺の視界に飛び込んでくる。
「安売りか」
魅力的な言葉だ。財布が軽い身としては無視するのが惜しい。
空腹に甘い物の誘惑は振りほどきがたい。少し覗いてみよう。
そう思いお菓子コーナーに足を進めると、見知った顔がそこにあった。
「ナルキ……?」
俺を名前で呼ぶ女子生徒は一人、久遠千代だけだ。
制服姿の久遠が、お菓子コーナーの一角にしゃがみ込みながら袋菓子を見比べていた。
「また会ったな」
「そっちこそ」
袋菓子を手にしたまま久遠が立ち上がる。商品名がちらりと見える。どちらも安売り対象のチョコレート菓子だ。
「両方買うのか?」
「そんなわけないでしょ」
「だよな、太る」
「セクハラ……」
そう言いつつも久遠は名残惜しそうに片方の菓子を商品棚に戻した。俺が指摘しなければ両方買っていたのではないだろうか?
久遠が戻した商品と同じ種類のモノを手に取ってカゴに放り込んだ。
「そういうの買うんだ、……意外」
久遠の指摘はわからないでもない。確かに、俺の見た目で可愛らしい包装のイチゴ味のチョコレート菓子を買うのは違和感があると思う。
「それ、セクハラな」
「だって、ねぇ……」
「頭を見るな、頭を」
俺の髪の毛をいじるのがクラス内ではやっているんだろうか? 確かに、クラス内では髪の毛を染めているのは俺一人だが、学年内では他にも結構いる。
しかし、こんだけ注目されるならいっそ黒染めした方が良いのか? いや、いまさらそんなことすれば余計に注目される。
「もう一つ買うか」
「太るよ」
「お前よりカロリー消費が大きいから問題ない」
うらめしそうに見つめる久遠に見せつけるように商品をカゴに放り込む。
「……今日もお弁当?」
お菓子のことを忘れたいのか久遠が話題を変えてくる。
「あぁ。今日こそ、良いやつを手に入れないとな」
「昨日の焼きサバ、微妙だったの?」
「いや、美味かったのは美味かったが。物足りない」
「やっぱ魚以外がいい?」
「魚も悪くないが、味の濃いやつが食べたい。同じサバなら味噌煮とかの方が好きだ」
「ふーん」
他愛もない会話のなかでふと気づく、そう言えば昨日は迷っているうちに目当ての弁当は売り切れてしまったなと。
少しの沈黙が続く。
「あっ」
事情に気付いた久遠が先に動いた。気怠そうな雰囲気からは想像できない滑らかな動き、走ってもいないのにいつの間にか俺の横を通り過ぎて惣菜コーナーに向かっている。
「やばっ!」
出遅れた俺も慌てて追いかけようとするが、タイミングが悪く通路が主婦の集団に塞がれてしまう。
久遠はすでに人混みの先に抜けており、こちらに振り向いて不敵な笑みを浮かべている。
「こ、ここぞとばかりに……!」
人混みを無理矢理すすむ訳にもいかず、多少時間がかかっても回り道をする。
賑わう店内を進みようやく総菜コーナーを視界にとらえた。
「いた!」
久遠はすでに弁当を一つ手にして居る。商品棚にはまだ弁当が残っているのが見えた。
近づくにつれてわかった。唐揚げ弁当の最後の一つが残っている。久遠はすでに弁当を手にしており今日は横取りされることもない!
「唐揚げ、ゲット――――!」
手を伸ばそうとした瞬間だった。反対側からやってきた見ず知らずのオヤジが唐揚げ弁当の最後の一つを手にしてそのまま消えてしまう。
「あーあ」
人を馬鹿にするような声が零れる。
むなしく伸びた俺の手は弁当に届くことができず、悲しく空を掴む。
「残念」
全く残念がっていない声が耳元で聞こえる。声にならない悔しさを込めて拳を握りこんだ。
「まだ残ってるよ」
それは、悪魔の囁きだ。そんなはずはない。わかっているに。
久遠の指さす方に首を向ける。確かにそこには弁当が一つ残っていた。
「焼きサバ弁当――――!」
わかっていた。知っていたんだ! そんなはずがないと! 唐揚げが残っているはずがないと! それでも、信じたかった!
「くっ――、ふふふ……!」
焼きサバ弁当を手にうなだれる俺の姿は久遠の琴線を刺激したようだ。大変お気に召したようで笑顔を浮かべている。
「笑え……、俺は所詮焼きサバ弁当だ」
「ちなみに私は酢豚弁当」
見せつけるように戦利品を掲げている。
「楽しいか?」
「……思ったより」
「そりゃよかったな」
負け惜しみすら出てこない、完全敗北だ。
「交換してあげようか?」
意地悪気な表情で久遠が提案してきた。ここで恥も外聞も捨てて頼みこめば久遠は交換に応じてくれるかもしれない。
しかし、それは出来ない。武士は食わねど高楊枝、かっこつけをやめるわけにはいかない。
「遠慮する。俺はDHAたっぷりでいく」
「豚肉はアラキドン酸が入ってる」
知らない単語が出てきた。
「ふっ――」
俺の知識の浅さを見透かしたようで、小馬鹿にした態度をとっている。
「こ、これで勝ったと思うなよ!」
自分のことだが、小悪党の様な捨て台詞を吐くだけで精いっぱいで逃げるようにその場を後にする。
「また、学校で。ナルキ」
そんな俺を勝ち誇った笑顔で久遠は見送った。
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