第5話
入学式の翌日、この日も授業らしい授業はなかった。
学校生活における注意事項、校内設備、一学期の学校行事の説明。そしてクラス委員の選出だ。
それらは滞りなく進み、すでに放課後になっていた。
「委員長ねぇ……」
漫画内ではクラス委員長は二上双葉が務めている。そして、その通りに委員長は二上双葉が選出された。
「なになにー? もしかしてナル君、いいんちょやりたかったの? その頭で?」
俺の机にもたれ掛かったアキトが意地悪い顔で言う。
「んなわけないだろ。というか、いい加減に髪の色をいじるな」
「違う違う、今回は中身の方」
アキトは自分のこめかみを人差し指でこつこつと叩きながら言う。
俺はその人差し指を握って手のひらと反対方向に向けて力をこめる。
「ほーう、少なくともお前よりは詰まってるほうだぞー」
「いたたたたたた! ゴメン、すいません、許して!」
もう片方の手で机を叩きながらアキトはギブアップの意思を示している。もう少し痛めつけたいところだ。
しかし、ここでアキトに助け船がでる。
「まあまあ、そのくらいで許してあげたら?」
アキトを助けたのは昨日知り合ったばかりのクラスメイト、今どきJKの沖野御マエだった。
沖野御は今日も授業もなく、学校は午前中で終わるというのにばっちり決まったヘアスタイルとナチュラルメイク。さらに今日は控えめではあるがジェルネイルまでしている。
「二人とも仲いいよね」
それは的確な指摘だった。男子高校生二人のじゃれ合いを止めるのならそういう台詞が一番効果的だ。小っ恥ずかしくなってやめざるを得ない。だからやめる。
「いてて、ナル君ちょっと手加減してよぉ」
「指は真っ直ぐだろ? 手加減してる」
「曲がってたら大事なんだけど……」
アキトは人差し指をさすりながら言った。
「成嶋くんは何も立候補しなかったね」
委員会活動の話だ。この高校では各クラスから一人か二人、各委員会に選出しなければならない。うちのクラスで言えば二上双葉がクラス委員、久遠千代が図書委員だ。
ちなみに、ここに居る俺を含めた三人は参加していない。
「面倒だからな。放課後や休みの日にも活動があるとかやってらんねぇ」
「そこは見た目通りの反応だよねナル君」
アキトの手の甲をつねる。先ほどと同じリアクションを繰り返した後、手をさすっている。
「二人とも部活とかはなにかやらないの?」
「部活ねぇ」
かつての自分の学生時代を思い出す。その時は部活動とは無縁だった。これといってやりたいことが無かったからだ。けど、今ならいろいろ出来そうな気がする。
なんといってもこの成嶋鳴希という男、肉体面のスペックが高い。
顔が良くて運動神経も良いとか世の中の理不尽を体現している。やはり神は死んだか、ニーチェは正しかった。イケメン死すべし。
「ナル君部活やんの!? 何すんの?」
アキトの長所は立ち直りの早いこと。短所はアホなところ。
「ナル君はスポーツなら何でもできるからねぇ。運動部に入れば女子からわーきゃー言われるよ!」
「何その不純な動機。でもちょっとわかるかも」
アキトと沖野御が俺の入部する部活候補で盛り上がっている。いつの間にか今日配られた部活動案内のしおりまで持ち出している。
「野球部とかどうよ!?」
「えー、でも髪切らないとダメじゃん」
「ならサッカーだ!」
「髪の長さはともかく、染髪はNGみたいだよ」
「じゃあバスケ!」
「ダメだよ、三年の副部長とキャラ被っちゃう」
部活の話か? ほとんど髪の話だぞ?
いつの間にか話題の中心にされていた。盛り上がるのは結構だが本人が蚊帳の外と言うのはどうなんだろう。
「というか、俺部活はやらねぇぞ」
「えー! 僕と一緒に軽音部やる約束はどうすんだよ!?」
アキトがした覚えのない約束の履行を迫る。しがみついて来たアキトを振り払う。
「お前、楽器の演奏とか出来たか?」
「全然!」
「なら、何で軽音部って……聞くまでもないか」
「秋勇里、言っとくけど女子が好きなのはギター持ってる男じゃなくてギター弾ける男だからね」
アキトの浅はかな野望は沖野御の至極まっとうな意見で打ち砕かれた。
そんなー、と嘆くアキトを沖野御は少しかわいそうな子を見る目をしながらなだめている。
「お前は今のままでも十分いけるぞ」
「マジ!?」
俺の気休めの言葉にアキトは目を輝かせながら言った。
アキトの長所は立ち直りの早いこと。短所はアホなところ。
「マジもマジよ。その調子ならダメ男をほっとけないダメ女が寄って来るって」
「そうそう! 言っとくけどアタシは違うからね。そもそも顔がタイプじゃないし」
「ひでぇ……」
浮き沈みの激しい男だ。
机に突っ伏したアキトをしり目に沖野御が聞いて来る。
「でも、なんで部活やらないの?」
「部活よりもバイトだな。金がない」
実際問題、懐が寂しいのは避けられない事実だ。保護者である叔母の稼ぎでは二人が慎ましく生活するだけでいっぱいなのだ。と言っても、食生活を改善すれば多少の余裕が出るだろうがだからと言って俺が何もしないでいい理由にはならない。
社会人だった経験から叔母が俺を養っているという事実、人ひとりの命を預かっている大変さを多少は想像できる。
俺の事情を知っているアキトはそれ以上ふざけるのをやめる。
「なら、良いバイト紹介しようか?」
沖野御の提案は渡りに船だった。
「ママの友達が喫茶店やってんの。よければ話通しとくよ」
喫茶店ときいて少し想像を巡らせる。口ぶりから個人経営の店だろう。コーヒーの香りと静かな空間が頭に浮かぶ。コンビニでおっさんの相手をするよりはるかにましだろう。
収入も大事だが、労働環境の良し悪しも重要だ。それは身をもって味わっている。
「一回、客として行ってみようかな。場所教えてくれ」
「おっけー。スマホで送るからID交換しよ」
沖野御がスマホをとりだす。飾りすぎず、されど地味で無いスマホケースが女子力の強弱の必要性を物語っているようだ。
「せっかくだし、みんなで行かない? ミクも誘っとくよ」
「いくいく! 絶対行く!」
あからさまにアキトのテンションが上がっている。早速IDの交換をしている。
というか、流れるように女子のIDをゲットしたどころか遊ぶ約束までしてしまった。これがイケメンの力か。
「今週の土曜でいい?」
「俺はいつでも行けるぞ!」
「秋勇里に聞いてないし」
「ひでぇ……」
沖野御もアキトの扱い方がわかってきたようだ。会って二日で底を知られる男、浅い浅すぎるぞ。
「なら、今週の土曜に駅前に。昼からでいいか?」
「おっけー」
土曜日にダブルデートの予定か。青春だな。
しかし、案外簡単に馴染めたな。来週には主人公が登校してくる。あいつを二上双葉から遠ざけボッチ化を防ぐのに、俺がボッチではやりにくいだろうからな。
来週から始まる大仕事のことを考えながら俺は教室を後にした。
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