第4話
日が傾き始めたころ、俺はアキトたちとわかれて家路についた。
カラオケなんていつ振りだったろうか。友達と遊ぶのすら久しぶりだし、学生の頃は女子とこんなに仲良くすることなんてなかったなぁ。
やはり顔か……。イケメン死すべし。
自宅への道を進みながら成嶋鳴希というキャラについて考えてみる。
成嶋鳴希は漫画内では主人公のライバルポジションと言えば聞こえはいいが、実際のところは当て馬も良いところの存在だった。
漫画内の性格は軽薄にして女好き、顔が良いだけで中身が空のクズ野郎だ。
主人公と久遠千代の仲が深まりつつあったときに正妻ヒロイン、二上双葉にアプローチをかけて主人公をヤキモキとさせ、二上双葉を気にする主人公と久遠千代の関係にヒビを入れた。
さらに二上双葉からもその人間性から手酷く振られた挙句に、二上双葉の主人公に対する恋心を自覚させるなど余計なことしかしていない。
はっきり言ってしまえば、久遠千代を負けヒロインへと貶めた原因だ。
成嶋鳴希というキャラは久遠千代にとって疫病神以外の何者でもない。
だからこそ、これからの俺の行動次第で久遠千代は主人公と結ばれる可能性が十分出てくるわけだ。
基本的な方針としては三つだな。
一つ、二上双葉との接触を極力避ける。
二つ、主人公をボッチにせずに二上双葉のフラグをへし折る。
三つ、久遠千代の邪魔をしない。
これに気を付ければいいんだが、厄介なことが一つ。
主人公と久遠千代の出会いのフラグを俺が横取りしてしまった点だ。
このまま、漫画通りに主人公が久遠千代との出会いのフラグが発生しても、同じようなことをついこの間体験したばかりの久遠千代が、はたして主人公に興味を持つのか?
次善の策を考えておく必要がある。
そうこうしているうちに自宅の近所にあるスーパーの前まで来ていた。
そういえば、成嶋鳴希は叔母と二人暮らしでその叔母は仕事で夜遅くに帰って来るのだった。
すっかり自分のモノとなった成嶋鳴希の記憶と経験。そこから導かれる普段の行動は外食をするか、弁当を買うかだが。
「自分で作るってのもアリだな」
特段、料理が得意という訳ではないし趣味という訳でもない。だが、作るのは嫌いじゃない。あえて生前と表現するが、こうなる前は時々作っていた。
叔母の分も用意しておけば多少の労いになるだろうか?
そこまで考えたところで今朝の光景を思い出す。脱ぎ散らかされた衣類に、ゴミの山。およそ整理整頓されているなどといえない惨状だ。
「料理の前に片付けか……」
今日は弁当を買って帰ろう。ゴキブリがいるかもしれないから殺虫剤も必要だ。
自動ドアをくぐり、スーパーの店内に足を踏みこむ。夕食に備え多くの主婦で賑わっていた。タイムセール開始の案内と共に店内はにわかに慌ただしくなった。
ここはすでに戦場と言って過言ではない。生活戦争の
新兵も同然である俺は素直に惣菜コーナーを目指す。
総菜コーナーでは出来立ての商品が並んでおり、揚げたてのメンチカツの香りが漂っている。すでに素通りを試みた主婦の何人かが、揚げ物攻撃に撃沈している。
「揚げ物の弁当にするか」
かくいう俺もその一人だ。この香ばしい匂いを無視するのは難しい。店の営業戦略の前に完全敗北だ。
空腹のときに食べ物を買おうとするな、とはだれの言葉だったろうか。
「唐揚げか、いややはりメンチか」
選択肢を二つにまで絞ったが決定打に欠ける。
決めかねたまま時間が過ぎようとしていたころ、意外な形で揚げ物対決に決着がついてしまう。
「あ」
唐揚げ弁当が陳列棚から消えた。思わず口から間抜けな声が出てしまった。しかも、
「久遠……」
横から唐揚げ弁当を掻っ攫っていったのは久遠千代だった。向こうも、まさか弁当を前に悩んでいるのが俺とは気付かなかったのか、突然話しかけられて少し驚いている。
「あぁ、同じクラスの……」
気怠そうな表情で久遠千代は言った。
「えーっと、名前なんだっけ?」
「成嶋鳴希だ」
予想通りではあるが、俺の名前は知らないようだ。久遠千代の性格は熟知している。過度な人付き合いを嫌い、自分の興味のむくこと以外のことをしたがらない。当然、俺のことは興味の外だったわけだ。
「ナルキ……ね。なんか、自分の顔に見とれて衰弱死しそうな名前」
「だれがナルキッソスだ」
ギリシャ神話の登場人物、ナルシストの元祖だ。
「意外……。わかるんだナルキッソス」
「人を見かけで判断するな」
久遠の視線が明らかに俺の頭部に向いている。金色に染められた髪の存在が、俺の知能指数を低い方に主張している。
「……だってその髪だよ。高校デビュー?」
成嶋鳴希の記憶が呼び起こされる。中学校の卒業式が終わったその日にこの男は髪を染めてピアスを空けている。
「若気の至りだ」
「悟るの早すぎ。入学初日だよ?」
チャラい高校生、成嶋鳴希の記憶が混ざっているとはいえ、基本的に社会人の精神を持っているのが俺だ。この頭のことはいっそ楽しむつもりではいたが、他人に指摘されると急に恥ずかしくなる。
「顔赤いよ」
「うるせー」
久遠は意地の悪そうな笑みを浮かべている。わずかな表情の変化だが、それは劇的だ。
「……照れてんの? その見た目で?」
「見た目の話はもう良いだろ! どうせ俺は頭の悪そうな見た目ですよ!」
満足げな笑みを浮かべた久遠はようやく俺の頭をいじるのをやめた。
「で……欲しいの? 唐揚げ弁当」
手にした唐揚げ弁当をこれ見よがしに見せつけながら言う。
「いや、正直どっちにしようか迷っていたからちょうどいい」
「でも、メンチの方ももう無いよ」
「え」
間抜けな声を漏らしながら陳列棚に目線を向ける。あれだけあった弁当がほとんどなくなっていた。
「俺の晩飯が……」
「まだ残ってる」
久遠が指さしたのは陳列棚の端に残ったただ一つの弁当。
「焼きサバ弁当……」
「ふふ……」
うなだれる俺を見て久遠が笑みをこぼす。
この笑顔に俺はやられたんだ。いつも気怠そうにしていた彼女が、主人公とのやり取りに一喜一憂し、その時々で見せる表情に心惹かれた。
思わず視線が彼女にくぎ付けになってしまう。
「なに? あげないよ」
俺の視線に気付いた久遠は手にした唐揚げを守るように抱えた。俺は、見とれていたことを誤魔化す意味も込めてそれに乗っかる。
「揚げ物はカロリーがすごいぞ」
「うっ……」
「糖質もな」
「うう……」
痛いところを指摘されたのか久遠が黙り込む。
「俺は焼き魚で健康的な食事だ。DHAだ」
「セクハラ……」
「正しくは弁当ハラスメントだ」
というか、強がりを言っているが高校生男子の夕食が焼きサバで満足できると思えない。本音を言えば唐揚げが食べたい。
「交換するか?」
「けっこうです」
残念。小さいサイズのカップラーメンを追加して良しとしよう。
「じゃ、もう行くわ」
「ん、また学校でナルキ」
突然の名前呼びにドキッとする。辛うじて表情には出さなかったがそのまま何か言い返す余裕はなく久遠とわかれた。
あまり仲良くし過ぎるのは良くないとわかっているが……。
ジレンマに悩みつつ俺は家路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます