第3話


 滞りなく入学式が終わり、後は帰るだけとなる。帰り支度を始めたところ話しかけてくる奴がいた。


「ナル君さぁ。今日、遅刻ギリギリだったね」

「アキトか……」


 話しかけてきたのは一人の男子生徒、成嶋鳴希の中学時代の友人の一人。中3でクラスが別になって少し疎遠になっていたことが、成嶋鳴希の記憶からわかった。

 男子高校生の平均より低めの身長、小柄な体型で人懐こい性格が印象的だ。


「さすがナル君、相変わらずだねぇ」

「お前も相変わらずなれなれしいな」


 アキトは肩に手を回してもたれかかって来る。それを振り払うように腕を回した。


「つれないなぁ、ナル君」

「男に抱き着かれても嬉しくない」


 成嶋鳴希としての記憶が馴染んできたのか、不思議とアキトとの会話にぎこちなさがない。アキトが学生時代の友人に似ているせいでもあるかもしれない。


「ところでさ、どうどう? いい子いた? うちのクラスけっこーレベル高いよね」


 男子高校生の性か、アキトはクラスの女子を見回しながらそう言う。何人かと目が合うと手を振っている。

 相手が相手ならセクハラ案件だと思う。しかし、小柄で可愛い系の男子ゆえか、女子受けは良いようだった。


「得だなお前は」

「ナル君に言われたくなーい」


 そう言いながらアキトは物色を続けると、一人の女生徒を見つけた。


「あっ、あの子可愛い」


 それは正妻ヒロイン、二上双葉その人だった。


 短く切りそろえられた栗色の髪。スッとした鼻立ちに、瑞々しいという言葉が視覚で認識できるほど輝いて見える肌。

 折り目正しく着こなした制服はスカートだけが短めで、スラリと流れるような脚線が眩しい。


「二上双葉か」

「二上さんかぁいいなぁ」


 ここに居る多くの男子生徒、そして紙面上から見ていた多くの読者の人気を集めていただけあって、アキトも例外なく見惚れているようだ。


「やめとけ、男子生徒が十人いたら二十人が告白して振られる」

「それどういう計算?」

「一回告って振られた後にもう一回告白して振られるってことだ」


 なるほどねー、とアキトは笑う。遊び慣れているのかそこら辺の引き際が良いようだ。


「ナル君はどうなの? 二上さん」


 少し考える。確かに漫画で見ていた時は可愛いと思っていたし、こうしてこの目で見るとなお可愛いと思う。


「可愛いな」

「だよねー」

「爽やかって言葉を擬人化した感じだな」

「何、擬人化って?」


 アキトの欠点を二つ上げよう。一つバカなこと、二つアホなこと。


「中学で習っただろ」

「えーそうだっけ? ていうかナル君なに? インテリ系にキャラチェンジ? その髪で?」


 金色に染められた俺の髪が引っ張られる。


「痛いからやめろ」


 じゃれつくアキトを引っぺがす。


「まったく、いつから頭でモノ考えるようになったんだよぉ。昔みたいに下半身で考えなよぉ」


 教室でとんでもないことを言う奴だ。やはりアホか。

 俺から離れたアキトが再びクラスの女子を物色し始める。


「他に気になる子はいないの?」


 その言葉に思わず俺の視線が彼女の方に向けられる。

 久遠千代。彼女はすでに帰り支度を終えて席から離れようとしているところだった。そして、彼女に向けられた視線をアキトは見逃さなかった。


「なるほどねぇ……」


 意地の悪そうな笑みを浮かべるアキトを見て、俺は自分の失敗を今更悟った。


「なんだよ」

「あの子、名前は?」

「久遠千代」


 ここでまた失敗した。アキトはアホなんだ。


「ねぇ久遠さーん」


 止める間もなくアキトが久遠千代に話しかけに言った。慌ててそれに付いて行く。

 アキトに話しかけられた久遠千代は少し気怠そうにこちらを見た。


「なに?」


 耳からイヤホンを外して少し首を傾げる。動作の一つ一つが可愛らしい。動くとこうなるのか……。


「よかったらこの後どっか遊びに行かなーい?」


 屈託のない笑顔を浮かべて下心をうまく隠すのがアキトのやり口だ。普通の女子はこれで引っかかる。イケメン死すべし。

 しかし、今回は相手が悪かった。


「なんで?」


 抉るような質問。いたいけな男子だったらここで心が折れるだろう。しかし、アキトは食い下がった。


「えー、だってせっかく同じクラスだからさぁ親睦を深めたいなぁっと」

「悪いけど、この後行きたいところあるから」


 一応優しく断ってくれる。バッサリいかれても仕方ないのに気付かいが感じられる。アキトはなおも食い下がろうとしたが。


「アキト、それ以上はしつこいぞ。悪いな」


 久遠千代は軽く会釈をすると教室を後にした。それを見送るとアキトがうらめしそうな顔を向けてきた。


「なんで邪魔するんだよぉ」

「むしろ感謝してほしいくらいだ。あのまま食い下がったらバッサリ振られたぞ」

「ナル君のくせに引き際良すぎー」


 確かに、久遠千代と一緒に遊ぶとか夢のような話だ。しかし、あの様子では簡単に事は運ばないのはわかる。それに、久遠千代がアキトや成嶋鳴希のような人物は好ましく思わないのを知っている。


「あーあ、ナル君のせいでこの後は男だけでさみしく過ごすことになりそうだなぁ」


 口では残念そうに言っているがアキトはどこか楽しそうだ。

 二人でこの後の予定を考えて居ると


「ね、さっきの聞こえてたよー」

「よかったらうちらと行かない? ちょうど二人ずつだし」


 クラスの女子二人が話しかけてきた。覚えのない二人だ。漫画の中ではモブキャラだったという訳だ。


「行く行く!」


 アキトの反応は早かった。下心を隠した無邪気な笑顔を振りまいている。


「僕は秋勇里あきゆりアキトね。こっちはナル君」

「成嶋鳴希だ」


 アキトの右腕が俺の首を捉えている。その様子を見て笑顔を浮かべながらクラスメイト二人は言う。


「アタシは沖野御おきのおマエ。こっちは三倉みくらミク」

「よろしくね」


 沖野御マエを端的に表現するなら今どきの女子ってやつだ。少しウェーブのかかったセミロングの髪、ナチュラルなメイクが控えめながらも自分磨きに余念がないことを物語っている。

 気崩した制服からスラリとした手足が存在感を放つ。主張し過ぎないアクセサリーが素材の良さを際立たせている。

 二上双葉や久遠千代が現実離れした美少女なら、沖野御マエは現実的な美少女といえる。


 パーソナルスペースが狭いのか、距離感が近い。アホな男子高校生を勘違いさせまくりそうだ。


「ねぇねぇナル君」


 俺の首を抱えたアキトが耳元で囁く。少し気持ち悪い。


「結果オーライじゃね? 振られたおかげでお近づきになれたよ!」


 そうだアキトはアホだった。


「これは棚からぼた餅ってやつ?」

「ぼた餅は失礼だろ。マカロンくらいにしとけ」

「棚からマカロン!」


 やはりアホだ。

 アホのアキトはテンションが上がったのかこの後の予定について二人に提案をしている。


「じゃ、駅前のカラオケね」


 話がまとまったようだ。アキトが張り切っていたため口を挟む暇がなかった。


「成嶋くんもそれでいい?」


 見上げるように沖野御マエが俺を見ている。前髪越しの視線と強調された胸元に少しドキッとする。


「もちろん」


 JKとカラオケかー。これが合法ってやっぱりイケメン死すべし。

 浮かれるアキトに引き連れられ俺たちは教室を後にした。

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