第109話 異界って

アマリリスは、出ていった時と同じように、ごく静かに自分のテントに戻ってきた。


ヒルプシムは、相変わらず眠り続けているように見えた。

ここ何日か、熱を出しては寝込む周期が短くなってきているように感じる。

アマリリスはそっと寝床の準備を始めた。



「異界って、どんな所かな。」


ヒルプシムがぽつりと言った。

アマリリスは、はじめは寝言かと思った。


しかし、異様に白い肌、異様に大きく黒い瞳、異様に赤い唇、そして全てが熱っぽく、じっとりと水気を帯びた様子に、ゾッとなった。


何かが末期的におかしかった。

しかし、意識ははっきりしているようだ。


「イカイって。。。魔族が住んでいるっていう、あの《異界》?」


ヒルプシムは小さく、はっきりと頷いた。


「どうして?急に。」


「どうしてかって?

異界でもなければ、あたしたちが生きていける場所はもうないからよ。」


「は?


何て?」


ヒルプシムはかすかに目を伏せ、それからアマリリスの目をじっと見た。


「おしえてあげる、リル。


ウィスタリア人だから、って思うでしょ?

ウィスタリア人だから、憎まれて、こんな戦争に巻き込まれて。

カメリアか、せめてラフレシアに生まれてたら、こんなハズじゃなかった、って。

ちがうよ、リル。


この世界は、人間の生きる世界は、どこに行ったって、こんな岩山ばかりだもの。

人間はどこに行っても、騙して、蔑んで、憎しみ合う、みんなあたしたちみたいな難民の群れなんだもの。


あたしたちは、それに気付いちゃったから、

もう、この世界で、、、

もう絶対に、前みたいに見えないふりをして、生きてなんて行けないから。。


ほんとだよ、リル。

あたし見たもの。

この世界は、そうして殺し合った死体の山だもの。」


アマリリスはヒルプシムをなだめ、それは悪い夢だから、と言い聞かせた。

そうやってヒルプシムの胸を撫でながら、アマリリスは自分の手がぶるぶる震えるのを感じていた。

悪い夢だ、高熱で幻覚でも見たに違いない。

でも、それなら何で、こんなに涙が止まらないのだろう。


ヒルプシムはやがて少し落ち着いたらしい。

大きな黒い目でじっとアマリリスを見つめ、さっきと同じ問いをした。


「異界って、どんな所かな。」


「さぁ。。。人間がいちゃいけない場所だ、って言うよ。」


喉がつかえ、やっとそれだけ答えた。


「あたしたちの未来をやり直せる場所が、きっとどこかにあるはずよ。

ウィスタリア人とか、タマリスク人とか関係なくて、

あたしたちの苦しみや傷痕を消し去ってくれる場所。

あたしたちの、憎しみや残酷さから解放してくれる場所。


でもそれはすごく遠くて、困難な旅で、、

今まで誰も行ったことのない、この世界の外側まで行かなくちゃいけない。

そこまで、辿り着いて。。。


リル 」

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