第106話 帝都ディモルフォセカ
タマリスク帝都であり、トレヴェシア海とアンブロシア海の接点であり、ボレアシアとアナナスを結ぶ陸の回廊でもある古い都、ディモルフォセカの住人は、もろもろの内憂外患に面した不吉な日々を送っていた。
トレヴェシア海からは、ラフレシア艦隊がしきりに攻撃の機を窺っている。
先日は、艦隊と沿岸砲台の防衛網をかいくぐって、ディモルフォセカ湾内に砲弾が飛来した。
アンブロシア海側では、サフィニア海軍が海上封鎖を敷き、援軍のリンデンバウム艦隊も未だ海域に入れずにいる。
西のボレアシアでは、アンブロシア独立戦争以来くすぶり続けていた民族蜂起の火種が爆発し、帝都周辺のわずかな地域を残して、事実上ボレアシア地域で帝国政府の統治は機能していなかった。
東のコルムバリア、サンデリアナでも、グロキシニアの後ろ楯を得た遊牧民の反乱が相次ぎ、駐屯する軍も対応に手を焼いていた。
自然の災厄としては、干魃に加え、イナゴの大群による深刻な農業被害が発生していた。
農民にとっては泣きっ面に蜂だが、この現象は古来から、不作の年に発生することが知られていた。
夥しい個体数に加え、通常期のものよりずっと強く長い距離を飛翔出来るよう、身体構造まで変化させた昆虫の群れは、
はじめはカラカシスの南、東アナナスで発生したが、山脈を、砂漠を越え、西アナナスにまで飛来していた。
コルムバリアの砂漠に追放されるウィスタリア人の『行進』では、劣悪な環境からか、おそろしい伝染病が発生し、
ウィスタリア人のみならず、行進の通路となった町のタマリスク人にも、多数の死者が出ていた。
諸々の災いに対し、
啓典の故事を引き合いに、堕落した帝国に対する神罰だとして民衆の不安を掻き立てる聖職者もいれば、
全てウィスタリア人の陰謀だと言って煽動する医者もいた。
帝都からも、以前は多くいたウィスタリア人の姿が消え、彼らに依存していた経済や金融の分野に支障が出始めていた。
多くのタマリスク人は、そうなって初めて、この国の運営の上でウィスタリア人が果たしてきた役割に気付いた。
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