第102話 黒雲から注ぐ豪雨

この追放の旅のはじめの頃に見た、飛行戦艦の姿が頭を離れなかった。


地上で、歩兵相手にいくら神がかり的な善戦を重ねたところで、

上空から爆撃されたら、この陣地はまさに一瞬で消し飛び、跡形も残らないだろう。


海側の崖の上からは、抜けるように澄みきった空の下、9月の日差しを浴びて一面に光り輝くトレヴェシア海が見える。


あの時、飛行戦艦が向かったリナリア汗国はこの海の向こう、空中を移動する船にしてみればそう遠い距離ではない。

このまま籠城戦が長引けば、いつかはその時がやって来る。

あの青く美しい水平線の彼方から、卵を抱いたにしんのように爆弾を満載した船が現れ、ウィスタリア人の上に、絶対の死をもたらす。


その時の様子まで、アマリリスはまざまざと想像することができた。

晴天に浮かぶ一片の黒雲のような影から、一斉に爆弾が投下され、豪雨となって降ってくる光景。

それが、自分が見る最期の一瞬となるだろう。


追い詰められた末に敵に射ち殺されるのも、飢えと乾きで死ぬのも、爆撃で山ごと吹き飛ばされるのも、

形は何であれ死に変わりはないだろうに、アマリリスはその想像がおそろしくてたまらなかった。

もうとっくに生き延びる望みはあきらめていた。

しかし矛盾したことに、まったく逃れようもなく、機械的に振り下ろされる死という考えは、絶望よりも深く彼女を苦しめた。


同じ頃、対岸のリナリア汗国では、ラフレシア軍の高射砲によって、タマリスクの所有する最後の飛行戦艦が撃墜され、

半島部に侵攻したラフレシア軍により、住民に対する壮絶な大虐殺が行われていた。


一方で、カラカシス山脈の峠では、ラフレシア、タマリスク軍とも、お互いの砲撃で身動きが取れず、膠着こうちゃく状態となっていた。

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