第100話 反逆国家の使者

「あなた方の親書は拝見しました。

何というか、実に、数奇な物語ですな。」


いくつもの勲章を胸につけ、ラフレシア人らしい、立派な髭を生やした提督は、執務机越しに二人の若者をじっと見据えて言った。


「御国での窮状は、真実であろうと私は信じます。

なので、これをお伝えするのは、非常に気が重いのですが。

ラフレシア軍として、あなた方を援助することは出来ません。

残念ながら、これが正式回答です。」


「理由を、お聞かせ願えますか?」


若者の片方が言った。


「ウィスタリア主権王国は、アムスデンジュン藩王国と共に、国家として、内乱罪と外患誘致罪に問われ、騒乱地域に指定されています。

つまり、帝国に反旗を翻し、ラフレシア政府の統制が及ばない地域という認識なのです。」


提督はここで言葉を切り、相手の反応を待った。

だが、二人は何も言わなかった。


「というのも、御国のラヌンクルス皇太子から、皇帝陛下宛に、正式文書で離反の意思が伝えられているのです。

ラフレシア帝国から脱退し、タマリスクに参入すると。

前代未聞の、一方的な反逆宣言でした。


これが、ウィスタリア上層部、それも恐らくは、ラヌンクルス皇太子周辺の一部の独走で、挙国一丸となった行動でないことは、我々も理解しています。

しかし、危険な離反層と、罪のない被害者層がどこで分かれるのか、把握できていません。

ラフレシア軍は、カラカシス峠からも、ステラ海からも、南カラカシス地方に入れずにいます。

タマリスクがウィスタリアを実効支配している現状で、反逆国家の市民を援助することは、

帝国の正義にそぐわず、実際問題、危険な敵性分子を国内に招き入れる可能性がある、というのが、上層部の判断です。」


「なるほど。知りませんでした、

クーデター以来、私たちはずっと外部と遮断された状態だったので。」


提督はうなづいた。


「おそらく、ウィスタリア市民の多数は、同じ感覚なのでしょう、アムスデンジュンに騙され、タマリスクに国を奪われた、と。


ラフレシアは、正義を重んじる国です。

今後、事実解明が進み、今回の反乱に加担した者が特定されれば、それ以外のウィスタリア国民の名誉は回復されるものと信じます。

しかし現時点ではー、ウィスタリアは、反逆国家なのです。

お気の毒ですが、あなた方お二人も、内乱罪の容疑者として拘束することになります。

決して理不尽な扱いを受けることのないよう、私から担当係官に申し伝えてはおきますが。」



次第に、提督は不可解な疑念を覚え始めていた。


ラフレシアに辿り着きさえすれば、祖国の同胞が救われると信じ、その一心で、ここにやって来たのだろうに。

ぼろぼろの衣服、痩せ衰えた風貌は、彼らが経験してきた、想像を絶する困難を物語っている。

しかし、その最後の希望が失われたと言うのに、この二人は、怒るでも嘆くでもなく、その灰色の瞳には、何も表情が感じられなかった。


「お忙しい中、お時間を頂き、ありがとうございました。

最後に、別件でお伝えしたいことがあるのですが。」


「別件、と申されましたか。」


「はい。

『不可視の師士』からの伝言を預っております。」


会談はその後、4時間に渡って続いた。



この時点で、ウィスタリア人の使者がピスガ・ジェベルを出発して、ちょうど3週間が経過していた。

物語は少し時を戻し、ウィスタリア人がタマリスク軍機甲部隊を撃退した後の、ピスガ・ジェベルに移る。

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